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東京都八王子市の八王子博物館へ行きました。 こちらは桑都日本遺産センターと修飾されていますが、桑都(ソウト)という言葉が、私には馴染み無いので興味深く感じました。 車人形が置いて有るので眺めていると、学芸員?のお姉さんから声をかけられ、実際に操ってみることにしました。尋ねられたので「40年以上前に見た」旨を答えると、件のお姉さんニヤニヤしていました。生まれた頃なのかしら。 ![]() さて、実際に車に腰を据えてみて、やってみると、不器用な私、人形が言うことを聞いてくれません。当たり前の話ですけど。人形の左手の動きも自分の右手で操作する処が全くダメ。常にだらりを下ってしまいました。首一つでもちゃんと座る迄なかなか難しいです。只々難しいということを学んで帰ってきました。 小学生も体験でよく来られるそうです。 ![]() ![]() #
by tamon1765
| 2023-02-15 23:57
| 藝能を楽しむ
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古今和歌集雑歌之下に見つけた「わぶ」「わび」の語について 考えてみた。 新潮日本古典集成本からで、漢字表記は私の勝手なもの。 訳文はこの本の奥村氏のものを参考にさせてもらったが、 当然のことながら文責は私。 和歌の中の読点は不自然ではあるが、Exciteのブランク表示が 上手くいかないので入れさせて貰った。 ●937 都人、如何にと問はば、山高み、晴れぬ雲間に、わぶと 答へよ 小野貞樹 【都の人から彼はどうしていると問われたならば、甲斐の国に居て山が高いから、晴れない雲の間にあって、「わび」という状態でいると答えてくれ。】
●938 わびぬれば、身を浮き草の、根を絶えて、誘う水あらば、 往なむとぞ思ふ 小野小町 【私は「わび」という状態になっているので、この憂き身を浮き草のように根を断ち切って、誘う水(人)があればどこでも往ってしまおうと思っているよ。】
●962 わくばらに、問う人あらば、須磨の浦に、藻塩たれつつ わぶと答へよ 在原行平朝臣 【彼はどうしているかと問う人が、もしかしていたならば、播磨の国の、塩生産地である須磨の浦で、嘆き沈み(しほたれつつ)ながら「わび」という状態でいる、と答えてくれ。】
●985 わび人の、住むべき宿と、見るなべに、嘆き加はる、 筝の音ぞする 良岑宗貞 【「わび」の人が住んでいる家なのだろうなあと見ていると、それに併せて、嘆きを加えるように琴の音がすることだよ。】
●988 逢坂の、嵐の風は、寒けれど、行方知らねば、わびつつぞ寝る 【関所で名高い逢坂に吹き荒れる嵐の風は寒いけれど、風の行方も知らないし、私自身のこれからの行き先も分からないので、私は「わび」という状態のまま、この寒い逢坂に宿をとるしかない。】
937と962は、同工。都でない周縁の地にある(追いやられた)作者が、中心地の者へ、私は「わび」の状態にある、と訴えるもの。中心地への憧れ、羨望、戻りたい願望というものが見え隠れする。追いやられたとかっこ書きで補足したが、本人の主体ではなく、受け身としての現在の境遇である。 985は、詞書に「奈良へまかりける時に、荒れたる家に」云々とある。ここでも、旧都平城という、都から離れた地である。
938は、わぶという現状からの逃避を願うもの。しかし、ここでは、自ら変革せんとする強い意志は認められない。あくまでも他人任せで、受身的に変化を望むものである。 「わび・わぶ」を、言い換える言葉、類似概念として、「はれぬ(気持ちがはれない)」「うき(憂き)」「しほたれ(悲嘆に沈む)」「なげき」が和歌の中に、詞書に「荒れたる」が、見出せる。 辞書を引くと、「わぶ」はバ行上二段活用動詞とある。しかし、私としては、「わび」の状態になってしまったことから来る動作(辞書では「気落ちする」「困惑する」「辛いと思う」「落ちぶれる」)であるので、上記のように訳し考察した。
以上の5首をみて、気付いたことは、 1)4首が作者自身の内面の気分であること。 2)4首が、都以外の場所での歌であること。 3)この言葉は、全て人や人の気分に関する言葉で、物に対して形容する使い方をしていないこと。
わびは、行為そのものではなく、受動的気分である。動作ではなく状態である。そのため、わびへ向かう主体的行為ということは不可能のようである。状態として、深まるということはある。それも受動的に感じていくものである。
わびという状態を変えるには環境を変えることしかないようである。それは、移動を伴う。2首はその例であり、特に988は逢坂の関という交通の要衝にいること自体が、移動を示している。逢坂に来てわび状態に陥ったのではなく、わびの状態にあったのでさ迷っているうちに逢坂にたどり着き未だわびから脱せずにいる、ということであろう。 推測するに、この2例とも、とても移動結果によって「わび」状態から脱せるとは思えない。938は、詞書では「三河の国のナンバー3に任命され赴任する文屋康秀から、一緒に行かないかと誘われた、返事」とあるが、937に国守として赴任した小野貞樹の例が示すとおりだ。
以上、ふと開いた古今和歌集にその語を見つけて、考えてみた。勿論例によっての斜め読みなので、見落としはあると思う。 お茶の世界の「わび」という言葉の理解が難しく、以前から気になっていた。但し今回は、お茶のことは全く考えないようにして、古今集の世界でのみ考えるように努めた。逆に、ここでのわびを考える上では、茶の湯の侘びをイメージすることは百害あって一利なしと感じた。いつの日にか、「わび」概念の変遷をたどり茶の湯の侘びとの比較が出来れば楽しい。 #
by tamon1765
| 2023-02-14 19:20
| 茶つながりで、の雑談
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by tamon1765
| 2023-02-14 19:09
| 雑談
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by tamon1765
| 2023-01-29 21:26
| ことば
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正月明けからこの曲を聞き、大好きな曲になりました。 これ迄、常磐津で繰り返し聞いたのは『関の扉』しかなかった ので、今年はもっと常磐津を聴いてみたい、という気になって います。
処で、ずっと頭をひねっている文句があります。 その曲の中の、 「親兄弟に迄見放され、赤の他人の傾城に、可愛がらりょう 筈は無い」 「オヤ、聞いたようだよ」 という一節です。 この、「聞いたようだよ」をどう考えるか、なのです。 日本語のニュアンスは難しいです。 常磐津の語りの解釈本を持っていないので、お手上げ状態で した(そもそもそのような注釈本があるかどうかも知らない、 のですけど)。 しかし、幸いなことに、この曲は元々長唄と掛け合いで出来 たものを、それぞれ独自に伝わったと言いますから、長唄本 でどう書かれているか、開いてみました。 結局は、浅川玉兎氏の「長唄名曲要説」に行きつくわけですが、 聴かせ処の「親兄弟に迄」云々は、投げ節といい吉原で客が 美声で唄って歩いたもの、で、 「何だか聞いたような声だね」或いはきいた様な唄だね、と 思い当って発した語。 とあります。 さてどうでしょうか。 その後が、吉原の遊女とお客の踊りになるわけですから、この 鳥追いさんは既に伝法な遊女の気分では、とも思います。
私の結論としては、と言っても複数候補でそれぞれが当然 ニュアンスが微妙に違います。 「分ったようなこと言ってんじゃないよ」 「聞いたようなことを、言ってくれるじゃないの」 更に発展すれば、 「可愛がってくれる傾城だっているよ(いるかもしれないよ)」 「この私(=傾城)がいるじゃないか」
今、ここに書いた言葉も、口で言うのと文章で読むのでは、およそ ニュアンスが違い、伝えるのが難しいです。 何れにせよ、私もまだまだ流動的状態にありますので、その真意を 想像しながら、曲を楽しんで聴くこととします。 #
by tamon1765
| 2023-01-22 16:38
| 舞台の話
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