このマヌケ?な顔、実は世界文化遺産なのです(笑)
by tamon
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茶の徳は

茶の徳は心の涼やかにすること

不白筆記の一節
by tamon1765 | 2011-07-31 07:23 | 川上不白さん | Trackback | Comments(1)

蝉の脱皮

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昨日16時半過ぎ、職場で蝉の脱皮があったのでつい、見とれてしまった(笑)。
by tamon1765 | 2011-07-30 17:35 | Trackback | Comments(0)

主客一致

ひとりで、お茶、紅茶或いはコーヒーを入れて飲むとする。
一口飲み、そして本を読む、あるいは音楽を聴く。
そしてまた、一口。
二口目を飲むために、お茶碗を手にすることに、何の不自然
さも感じない。飲もうと思うから手を伸ばす。
当然のことである。
しかし、ここで他人のお茶碗だったらどうだろうか。
人の飲みかけの茶碗を続けて飲むことは、ちょっとありえないし、
口にすべきものではないというこだわりがある。
状況によることに違いないのであるが。

さて、不白筆記を開くと、下記のようにある。

我と人との二身在るは茶道に非ず。
茶は人の飲みかけを飲みて茶の礼とするなり。
賓となり主となり、主客一致に真なるを以って
道に進むを願ふ。


人の飲みかけの茶碗を続けて飲むことにためらいを感じることは、
不白さんによれば、「茶の礼に反し、茶道ではないものになって
いる」ことになる。
こだわりやためらいもなく、日常生活の中でもごく自然に人の
飲みかけが出来るだろうか。
そこまでの境地に行けるものなのか。
この不白さんの一節は、私に突き付けられた大きな課題である。

茶の湯は常の事なり、と不白さんは喝破する以上、
茶碗の飲み回しがお茶席だけの事であったらそれこそ茶番である。

思うに、母と子(幼児)、恋人同士は、そのようなためらいが
ないよう思われる。
それだけ信頼関係に結ばれた一体関係にあることで可能であると
思うと、考えさせられる。
私には身震いのするような一節であった。
by tamon1765 | 2011-07-29 08:08 | 川上不白さん | Trackback | Comments(1)

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空の写真:7月5日18時21分
by tamon1765 | 2011-07-06 08:02 | Trackback | Comments(0)