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このマヌケ?な顔、実は世界文化遺産なのです(笑)
by tamon
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カテゴリ:ことば( 74 )

身の丈サイズということ


ネット環境の無い場所で生活していたので、11月は全く

ネットワークに触れることがなかったです。

勿論、不便さを感じたこともありますが、問題なく生きて

いられたという次第です。

逆にソフトバンク不通のニュースを見て、ネットや携帯電話

依存の生活に恐怖を感じます。このままでは、ネット不通

のため買い物もできなくなり家にも入れなくなる時代も

到来し得るということでしょうか。


さて、先日放送大学の特別講義で生形先生を視聴しましたが、

心に響く言葉がありました。それは、

「侘茶とは身の丈サイズ」

というのです。私などつい、侘びとは何ゾヤと言いたがりますが、

そういうスタンスは見事に否定されました。

気持ちの良い否定でした。

肩の荷を下ろせ、構えるな。そのようなこと自体が侘びから遠く

離れていることと、言われているかのようです。



<追記>310205 追記と本文一部の直し

有り得ない間違い「利久の詫び茶に戻ろう」も2月4日放映分は、

訂正されていて良かったです。




by tamon1765 | 2018-12-09 15:07 | ことば | Trackback | Comments(1)

北方のきびしさと抒情


北方のきびしさは私の心の支えであり、

その抒情は私の心のやすらいである


「東山魁夷小画集ドイツオーストリア」新潮文庫


若き頃の、北への憧憬が心に甦り、

不思議な興奮を覚えた。



by tamon1765 | 2018-09-29 23:56 | ことば | Trackback | Comments(0)

10年後

10年後を考えるとワクワクする。
もっと成長していると思うから。

以上、靴職人の大川さんの言葉
(ネプチューン原田の元同級生)
申し訳ないですが、記憶で書いているので
この言葉どおりではないと思います。

by tamon1765 | 2018-09-19 22:46 | ことば | Trackback | Comments(0)

真の人間学が生まれるとき

讃嘆にせよ軽蔑にせよ結局は己れを棚に上げて

他人を評価する視座から真の人間学は生まれない。

常に発見の驚きを楽しむ無邪気な観察眼をもって、

上からでもなく下からでもなく、程よい水平の

視点から人懐かしい眼光を注ぐとき、はじめて

***が光彩を帯びる。



谷沢永一「紙つぶて」p359


by tamon1765 | 2018-09-12 19:23 | ことば | Trackback | Comments(0)

無限を説いている話し

*

『通路記』も『円通鈔』も、自分の寿命と競争しながら

ぶらりぶらりと読み進んでいるが、終わりそうもない仕事を

無限に繰り返すのが『華厳経』だと思い、無限を説いている

から短兵急に結論が出るのはまずいので、限りなく繰り返し

ていればいいような気もしている。 (鎌田茂雄のことば)

*

何故か、ほっとした一節。

今の自分自身を考えると、残り時間が減っている、

モヤモヤ感にいつも包まれた感じ。

だからといって、敢えて焦りとまで言い切るほどの

真剣さもない。

しかし、上の一節を読み、無限の中に自分があると

思うと幾分落ち着く。毘盧遮那仏に光をいただいて

いるのだな。今の小春日和のままに。

*

*



by tamon1765 | 2017-11-16 10:38 | ことば | Trackback | Comments(1)

日用の間

*

神道は日用の間にあり 「陽復記」

*

日用の間、神道ならざという事なし「太宮神道或問」

*

以上、渡会延佳ノブヨシの言葉。

神社で毎月頂いてくる生命の言葉からの孫引きです。

*

ここに引用したのは、常々不白さんが、お茶は常の

ことと仰っていることと同じと感じたからです。

考えてみると、禅の人は、行住坐臥といいます。

つまり、自覚的に己のプリンシパルを獲得した者は、

一直線にその世界を突き進み、それを宣言しうると

いう事が言えそうです。

誰でも生きている以上、そのようなものを持たない人

はいないわけです。それなのに、何の違いでしょうか。

*

考えてみると、それは、受動と能動の差かと思われます。




by tamon1765 | 2017-09-04 19:50 | ことば | Trackback | Comments(0)

視点を変える

*

視点を変えるという。

とかく人は、ひとつの視点に固執して判断を誤り、

物事の本質を見損なうことが少なくない。だから、

視点は柔軟に変えてみる必要があるという。

いちばん難しいのは、自分に対しての視点を柔軟に

変えることかもしれない。

すぐれた作品を読むと、ほとんど例外なく、作者の

自他に対する平等な目に感歎させられてしまう。

*

竹西寛子「蟻」から

*


by tamon1765 | 2017-08-08 15:24 | ことば | Trackback | Comments(1)

稽古は花鳥風月にあり


口伝は師匠にあり、稽古は花鳥風月にあり

古靱太夫即ち山城少掾の言葉。


つまり、専門性は師匠に口伝で教わるものだが、

稽古とは師匠の前に座った時だけではなく、日常生活

のすべての場にある。花鳥風月をめでる心を以って

日常生活の中で気づきがなければならない。そのような

ものが稽古なのである


by tamon1765 | 2016-04-18 01:07 | ことば | Trackback | Comments(1)

集雲庵の待合に掛けられた七條

茶式湖月抄 初篇上 から
集雲庵の露地松下堂を待合に用い、そこに掛けた看板の文


一 賓客腰掛けに来て同道の人相揃はば、版を打て案

内を報ずべし

一 手水の事、専ら心頭をすすぐを以てこの道の要とす。

一 庵主出で、請して、客、庵に入るべし。庵主貧にして茶

版の諸具そろはずは美味も又なし。露地の樹石天然の

趣その心を得ざる輩はこれより速やかに帰り去るなり。

一 沸騰松風に及び鐘声至れば客再び湯相火相の

差となること多罪多罪。

一 庵内庵外に於いて世事の雑話、古来これを禁ず。

一 賓客歴然の会、巧言令色、入るべからず。

一 一会始終、二時に過ぐべからず。但し、法話清談に時うつらば

制外。

                  南坊在判

   天正十二年九月上巳

右七條は茶会の大法なり。喫茶の輩忽せにするべからざるものなり

                  利休在判


by tamon1765 | 2015-03-04 01:26 | ことば | Trackback | Comments(0)

桜が路地の主


路地に桜木ある時は桜の花を必ずいける。
口伝、有楽の歌。
我もまたここに詠めん山桜けふの主の花に任せて

(有楽流秘書)

桜の木は花の咲いている時は、庭の第一の主であり、
その時は茶室の中でもそれを楽しむがよいのであろう。
by tamon1765 | 2014-01-02 21:59 | ことば | Trackback | Comments(0)