茶書の森への旅

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2018年 08月 08日 ( 1 )

1.昔の炉の切り方は3つの方法があった。

○むかしは茶会の席とて別に定めてはなく。其席其席に見

合せて炉を切て点し。珠光の座敷なとは六畳敷なりし

とぞ。但し炉の切所は。何畳敷にても三所あり。其の伝に。あげ

て切と。さげて切と。道具畳のむかふの地敷居へおしつけて切

との三ツなり。しかるに武野紹鴎が四畳半の座敷を作りはじ

めて炉を下中(シモナカ)に切しより已来(コノカタ)。四畳半構といふ事ありて

其の後千利休三畳大目構の座敷を造り。初めて炉を中に上げて

切りしより。大目構の炉といひならはし。其頃より昔からいひ

伝へしあげて切。さげて切といふ何ぞ捨(スタ)りはてて。今の世

ならは。むかしかかる事ありしといふ事もしらぬ茶人多し

となん


****

初っ端からパスしたい気分である。昔読んだ時もそうだった。

今、無理に自己流こじつけで読むことにすると、

・ 紹鴎以前の炉の切り方には3通りあり、「あげて切り」「さげて切り」

  「おしつけて切り(単語としてはっきりしない?)」。

紹鴎が四畳半構えを始めた。その時の炉の切り方は、下中に切った。

利休は、初めて炉を中に上げて切った。それが三畳大目の炉。

ということなのだろうか。但し、個々の意味解明は、今後研鑽を積まないと

私には難しい。炉の切り方の歴史を知らない。将に「昔かかる事在りしと

いう事」を知らない。

ところで、この節を冒頭に持ってきた意味は何だろうか。

何故、最初の話しが炉の切り方なのだろうか、唐突感は否めない。どう

見ても次節の義政公による茶道の始まりの方が、この本の冒頭に相応しい。

冒頭と文末の「昔は。。。。。。」「今の世じゃあ、昔こうだったことも知らない

茶人ばっかりだよ」との口振りを、私のいつもの邪推で読むと、この筆者は

最初に読者へガツンとやって優位に立っておこう!という方針なのかなと、

感じてしまう。

この本は、尾張藩の近松茂矩の編纂となっているが、序によると、撰者は

木村俊篤という。とすると、茂矩が集め編纂したエピソード集を、俊篤が

再構成したということになる。つまり俊篤の意図によるものといえる。

この二人の人についても追々調べてみたい。



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by tamon1765 | 2018-08-08 23:19 | 『 茶窓閑話 』 | Trackback | Comments(0)
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このマヌケ?な顔、実は世界文化遺産です(笑)


by tamon
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