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このマヌケ?な顔、実は世界文化遺産なのです(笑)
by tamon
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新作能「黄金桜」

テレビをつけたら、丁度能の始まるところであった。
(先程の21時)
演目は、新作能「黄金桜」
作は、林望。シテは、津村礼次郎。
桜で有名な、東京都小金井市の市制30年を記念しての新作能。
小金井公園での薪能は、もう何年も続いている。
(注に曰く、小金井公園は都下では、大きな都立公園であり、
その中には、都立たてもの園なども有り)

さて、雨だったのだろうか、市民会館(おそらく)で上演。
その背景が単なる白い幕。
なんだか安っぽく感じて、ここでやや失望。
布でいいのだから、松の鏡板の絵位用意して欲しいと思った。
私は九皐会を見ないので、シテ地謡共に馴染みがない。
三役は、松田・新九郎・光雄・助川だったと思う。

筋は、前シテ桜守の元に、その桜を移植しようとワキ勅旨(家来?)
が来、止められ、後シテ桜の精が中ノ舞を舞う。。。。?
そんな感じ?
はっきり言って、詩章が殆ど聞き取れず、見ている私が自分で
物語を作っている状態(苦笑)。
桜の話を見ながら、家の外では自然の音響で、こおろぎや鈴虫
の音が。。。。。(これまた苦笑)
私は、松虫を見るべきではないか、終わったら見ようなどと
不遜なことを思いながら見てしまった。

知らない能作品を見ることの距離感というものを実感した。
能楽堂へよく行っていた頃は、事前の予習と詩章の持参を
欠かしたことがないので、このような状況はめったに体験しな
かった。今一つ分からないものを見ることは、忍耐力を試され
るし、分かって見ることに比べると、当然ながらつまらない。
一方、最近この音に接していなかったので、そのあたりが楽しく
感じられた。

作品としては、実際の処、どうだったのだろう。
再演はありえるのか。
無理解で見ていた私にはコメントのしようがないが。

宿題は、小金井を「黄金」と書いた歴史はあるのか調べること。


<20.10.7追記>
『江戸名所花暦』 金井橋 :
この桜は、元文年間台命によって和州吉野山、および常州桜川の種を植ゑ
させられけるが、いまは何れも大樹となりて、開花のとき、金橋(こがねばし)
のうへより是をのぞめば、岸を挟む桜、繽粉として前後尽くるところをしらず、
実に一奇観たり。


<20.10.9追記>
『江戸名所図会』巻之四  金井橋 :
此地の桜花は、享保年間郡官川崎某、台命を奉じ、和州吉野山、および
常州桜川等の地より、桜の苗を植ゑらるる所にして、其数凡そ一万余株
ありしとぞ。 (略) 就中金井の辺は佳今日にして、爛漫たる盛りには、
両岸の桜、玉川の流れを挟んで、一目千里、前後尽る際をしらず、ここに
遊べば、さながら白雲の中にあるが如く、蓬壷の仙台に至るかとあやしまる。
最も奇観たる故に、近年都下の騒人韻士、遠を厭はずしてここに来り、遊賞す。

by tamon1765 | 2008-09-15 00:16 | 舞台の話 | Trackback | Comments(6)
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Commented by 山桜 at 2008-09-30 14:04 x
私の実家は、その桜の名所・小金井にあります。 家の前にも山桜が…

中央線の南に「はけ」と呼ばれる河岸段丘が横たわり、その裾では
各所で「黄金のように水が湧き出でる」ことから、「黄金井」と呼ばれた、
とう説はよく耳目に触れました。 ただ、文献にその文字が使われたことが
あるのどうかは確認しておりません。
Commented by tamon1765 at 2008-09-30 19:11
ああそうか、貫井神社でしたか、、「黄金井」の説明版があったような、そんな気もしてきました。確かに、向かって左下手に、湧いていましたね。
確かに、ご当地は、昔からの桜の名所ですものね。
花見用?の江戸の名所図会のような本を家の中で探してはいるのですが、見当たらなくて。
今夜こそ探してみます。
ありがとうございました。
Commented by tamon1765 at 2008-10-01 03:02
漸く『江戸名所花暦』と『江戸名所図会』を埋もれた中から
探し出しました。江戸期からの桜の名所である小金井のこと、
当然のことながら、どちらにも記載ありです。
本文は極めて類似、というより引用の模様です。
今解題を読む元気はありませんが、画は同じ人が書いています。
極めて近い書といえるでしょう。
黄金の字は使っていないようです。「金」だけで「こがね」と
読ませているようです。
詳細は又後日。今日はもう晩いので。.
Commented by 山桜 at 2008-10-01 08:48 x
多聞さん、おはようございます。
鳥居左下手に湧き水があったのなら、私の産土神社・貫井弁天かと思います。
「黄金井せんべい」なんてお店はあったように思いますが、後からの当て字かも
しれませんね。

 確か「金井原」が古名であったという説の方が、主流でした。
「黄金井」の方が物語性が観光的には魅力的な名前でしょうけれど^^

 地元民の地元知らずでお恥ずかしい。 続報を楽しみにしております。
Commented by 山桜 at 2008-10-03 11:51 x
多聞さん、すみません。
地元で「貫井弁天」と読んでいる神社、正式には「貫井神社」なのですね。
神棚のお札をよくよく見て気付きました。 朝拝の時も、いつも
 「貫井弁天の大神様・・・」
と呼びかけていて、気付いておりませんでした。
Commented by tamon1765 at 2008-10-04 08:58
秋晴れの気持ちの良い日ですね。
私が貫井神社にお参りしたのは、2年くらい前です。
今、人様のブログで見ると、おまつりされている神様は、
市杵島姫命と大己貴命とのことですので、
弁天さまで宜しいのでは。
http://blogs.yahoo.co.jp/anatotakeru/42015107.html
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