陸羽による、反「お茶」の書

昔読んだ、陳舜臣「茶の話」を手にとっていたら、茶馬
古道がNHKで放送されて、その偶然にちょっとおどろいた。
本のほうは全く記憶になく、なに読んでいたのかなあと、
やや慙愧の念。

ところで、ここでびっくりすることがあって書き遺して
おきたくなる。それは、

茶聖とも称される陸羽が、茶を否定する著作も残した
という話しである。




その本の名は、『毀茶論』。
残念ながら現存せず、その内容は分らないという。
そしてその著作を書いた時期は、2つの説があり、
1)晩年の作(周必大氏の説)
2)30歳頭の764年(安史の乱平定の翌年)
だそうだ。
林左馬衛先生の著作『茶経』にはその話への言及はない
ようだ。ただ、その年表によると、
陸羽は、760年から「茶経」をあらわす、といい、764年
に風炉を鋳る、とある。
後者の説では、風炉を鋳たのが、丁度『毀茶論』を表わし
た年でもある。そうだとすると、どうなのだろう?
[PR]
トラックバックURL : https://teabowl.exblog.jp/tb/7469044
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by チコリ at 2015-11-08 12:19 x
少々古い記事ですがコメントします。『封氏聞見記』でのエピソード?、陸羽が毀茶論を著したことは新唐書巻121隠逸の陸羽伝に出ていますが、自分が知るものでは南宋・陸游の茶詩の幾つかに毀茶に言及しており当時はまだ存在したのかもしれません。抜粋しますと…難従陸羽毀茶論…、別に…品茶未及毀茶妙…と、毀茶はなかなか難しい(逆説的に愛茶は容易)とかなんとか。以前 毀茶つながりで色々調べたことがありますが、江戸時代の日本でも庶民の茶道ブームのバブル現象?を批判した菅茶山「采茶図西山孝拘索二首」等、毀茶論的かもしれません。幕末の方外道人「呈茶道先生」は狂詩ですが、初句から風流風雅茶湯師,万事天狗法螺吹。…と手厳しい風刺が効いたものでした。確か柳宗悦のエッセイにも批判したものがあったような記憶も。話題の主旨は違うと思いますが、ステータス化(バサラ?)することへの批判(または愚痴?)は一理はあるかもと考えています。
Commented by tamon1765 at 2015-11-26 01:05
チコリ様 コメントありがとうございました。
ハッキリ言って陸羽の真意が分かりません。私自身の、当時の時代状況に対する想像力の欠如のためです。いや、知識の欠如です。よって、個人の心の中の尊厳ということで、けりをつけてしまいました。今回コメント頂くまで、現代や江戸期の嫌茶と同じ視点から類推する事には気が付きませんでした。現代で言うと、秦恒平「茶ノ道廃ルベシ」が私にとっての出発点ですし、江戸期については丁度上田秋成「癇癪談」を読んだ処なので、秋成の茶を考えてみたいです。新唐書は図書館で覗いてみようと思います。その他も。ありがとうございました。
by tamon1765 | 2008-03-09 10:32 | | Trackback | Comments(2)