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お茶、その他についての、極く私的なブログ
by tamon
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宗徧流の庵号と、宗旦宗徧の茶杓


千宗旦と、その愛弟子山田宗徧のお話しです。

最初に、宗徧流のホームページから引用します(私が、補足省略をしています)。

 ***

流祖初代山田宗徧は、宗旦から、利休伝来の四方釜を贈られ、大徳寺翠巌(すいがん)和尚から「四方庵」という額が与えられ、この時から宗徧は「四方庵宗徧」と名乗る。さらに、宗旦は、古渓和尚筆「不審庵」の額と、玉舟和尚筆「不審」に、偈を宗旦自らが書いた軸と、自筆の「今日庵」の書を与え、宗徧に「不審庵」「今日庵」の庵号を両方とも使うことを許した。

 ***

ここで、私が気になることは2点あります。四方釜を貰い「四方庵」と称したということ。今一つが、「不審庵」「今日庵」の称号を許されたこと、です。

以前、私は、江岑夏書6(四方釜)の解釈で江岑夏書を読んでみましたが、宗徧さんは言及されていませんので、話が食い違います。そうすると、宗徧さん側のことは、いつどういうタイミングでのお話しでしょうか。或いは逆に、江岑夏書の信憑性への問題に波及するかもしれません(江岑は伝聞であり、その場に立ち合ったわけではないですから)。

次に、家元としては現在「茶道宗徧流不審庵」とホームページ記載されています。「四方庵」「今日庵」ではないです。その選択の経緯も興味があります。

若い頃の私はこの同じ庵号ということが受け入れがたく、それは初代の宗徧さんに許したことであり、次代以降はそれぞれ許可を貰いに行くべきではないか、等と不遜なことを思っていました。しかし、この歳になると、そういうものだったのだし、印可であり暖簾分けなのだから、考え違いも甚だしいと感じます。若気の至りとはいえ、私のような外野が失礼なことを思い、恥ずかしい限りです。


話変わって、信頼関係の強い師弟の話しとしての茶杓があります。一本の竹を割って二人それぞれが茶杓を削って作ったという話が興味深いです。田中仙樵さんの書かれたものを引用すると、

 ***

しあげると、宗徧の削り口を見て、宗旦は感嘆し、即座に自身のに「如是」とし、宗徧の作に「我聞」と銘じたという

 ***

この茶杓の逸話の出どころはどこなのでしょうか。又、茶杓は残っているものなのでしょうか。あれば拝見してみたいものです。


田中仙樵: 図説茶道大系7茶に生きた人(下)角川書店s40。p149





へそ曲がりの私としては、如是我聞の「如是」は我聞以下で述べるお釈迦様の教えの内容ですから貴いものであり、「我聞」は私は聞いたとする行為です。もし、宗旦さんが宗徧の茶杓を見て驚嘆絶賛する程のものならば、それこそ貴いものだから如是として、それを自分は見たよ感心したよと、自分の茶杓を我聞と名付けて、宗徧の茶杓の脇にそっと置けば、格好良かったのに、と思いました。と、これはまさに私の空想的な勝手な妄想・言いがかりですね。又最後に余計なことを言ってしまいました。
by tamon1765 | 2023-03-15 21:25 | 茶杓 | Trackback | Comments(1)
Commented at 2023-03-15 21:36
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