『宗旦示遺書』の前書

茶の湯は、今のものも昔のものも見渡して、

良い部分を取り入れてすべきことだ。

昔の人も利休もそうしてきた。

良い部分を取り入れるには、それなりの目を持ち、

感じ取れる心がないと、出来はしない。

大昔の茶の湯書を見てする者のお茶で、その本を

鼻にあててしたいようにするのは、「へちかん」

といって、そんなものは茶の湯ではない。

本来あるべきように行い、その上に昔と今の

しかるべきところを取り入れてすることだ。

*

『宗旦示遺書』の前書の超訳(千宗員「宗旦の茶」

にあるそうですが、林屋辰三郎氏の書いたものからの

孫引きです。)

*

茶書に頼っていてはダメ。

目と心を養っていかないと、進歩しないって、

ことなんだな。


[PR]
トラックバックURL : https://teabowl.exblog.jp/tb/25999056
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented at 2017-09-07 23:38
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
by tamon1765 | 2017-08-23 13:02 | 宗旦さん | Trackback | Comments(1)