茶道が導く中道

茶道の使命は形から入って思想と行動の中道を得せ

しむるものである。稽古とは形の制御でこの中道化

を教え導くものである。そういうように工夫してあ

るのが茶道の作法である

千宗守(九世愈好斎聴松)「茶道妙境」昭和15、創元社。

私の好きな方。書く内容はいつも頷ける。

この方は、心に何か深いものを持っていたのであろう、
と感じる。


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# by tamon1765 | 2015-03-27 22:07 | 近代の茶人 | Trackback | Comments(3)

集雲庵の待合に掛けられた七條

茶式湖月抄 初篇上 から
集雲庵の露地松下堂を待合に用い、そこに掛けた看板の文


一 賓客腰掛けに来て同道の人相揃はば、版を打て案

内を報ずべし

一 手水の事、専ら心頭をすすぐを以てこの道の要とす。

一 庵主出で、請して、客、庵に入るべし。庵主貧にして茶

版の諸具そろはずは美味も又なし。露地の樹石天然の

趣その心を得ざる輩はこれより速やかに帰り去るなり。

一 沸騰松風に及び鐘声至れば客再び湯相火相の

差となること多罪多罪。

一 庵内庵外に於いて世事の雑話、古来これを禁ず。

一 賓客歴然の会、巧言令色、入るべからず。

一 一会始終、二時に過ぐべからず。但し、法話清談に時うつらば

制外。

                  南坊在判

   天正十二年九月上巳

右七條は茶会の大法なり。喫茶の輩忽せにするべからざるものなり

                  利休在判


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# by tamon1765 | 2015-03-04 01:26 | ことば | Trackback | Comments(0)

宗心宗匠が不白筆記の現代口語訳を

先月のこと、図書館から花月の本を借りてきて、

開いてびっくり!

宗心宗匠が、不白筆記の口語訳及び解説をして

いるのです。それも何年も前の出版。

「花月に関する文章を抄出」と仰って

います。

私の出る幕は無い、とやる気減退・・・。

と、すっかり別ジャンルを読む日を過ごしてしまい

ました。

まあ、気を取り直して、いくこととします。


世界文化社 200810

堀内宗心著

「茶の湯の修練1 七事式[表千家流] 花月」


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# by tamon1765 | 2014-12-11 15:03 | 川上不白さん | Trackback | Comments(0)

どういうこと? 2

記事をワードで作成し、その記事をコピーし、

「投稿」を選択し、貼り付ける。

ワード内で、文字の字体やフォントは同じに

している。

しかし、投稿結果を見ると、一部の字が拡大

強調されている。(この傾向は、冒頭に多い。

そして、文末で突然復活したりする。)

「編集」で直そうにも、文字の大きさ(こちら

はフォント指定はできず、Fのマークで4種類

しか選べないようである)を選んでも反映され

ない。

このエキサイトは気に入っていたが、この程度

のシステムならば、そろそろお別れの時が

近づいているのかも知れない。


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# by tamon1765 | 2014-11-07 00:51 | Trackback | Comments(0)

手の美しい動き

私個人が、思ったままに書きます。

最期の手の動き、添え方が、見た目の美しさに

大きく反映する、とする考えです。


例えば、盆の四方回し。

そのまた例として、茶杓飾りでお正客が最期に
お道具をお返し
する場合です。

拝見後、お正客はお詰めとお出会いで道具を受け、

お名残の拝見をします。その際、身体の向きは、

お詰めと向き合った位置となります。

次に、亭主が拝見のために出してくれた位置に

お返しします。その位置は、踏込畳の縁外、上座

寄り半畳の真中あたりです。

この位置は、身体からは正面ではなく、斜めの方向

です。私見ながら、60度前後の角度が付くのでは

ないかと思われます。

とすると、盆の左右の中央を持った手では返し

づらいです。そのままでは、矯めのある右腕と、
伸びきる左腕。

私は、厳ついていて不自然に感じられます。

で、どうするかというと、出しながら、左手が

少々手前に引く形。

これが私には自然な美しさに感じらます。

最期の手の動き、添え方と云ったのは、このこと

です。


以上、私の全くの個人的考えであり、流派での教え

として受けたものではありません。現に、教則本の

写真を見ると、盆の左右の中央を持った手で返す

写真も見受けられます。

どうぞ、師伝に依ってください。


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# by tamon1765 | 2014-11-06 21:03 | お点前 | Trackback | Comments(0)

古法を能考へ又時ヲ見ル事肝要也

不白筆記の超訳:

昔からのやり方をよく考え、且つ又、今の時代を見る

ことが大事だよ。やり方は、改良することも、ぶっ壊す

ことも出来るものだ。現在のやり方を芯にして、現代風に

アレンジ出来るのが名人の第一条件だ。
良く工夫すべきだね。


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# by tamon1765 | 2014-11-04 11:33 | 川上不白さん | Trackback | Comments(0)

茶道を職とする者

不白筆記の超訳:

茶道のプロには必ず我儘があっちゃいけない。

茶道を自分のもんだと、思っちゃいけない。

茶道のやり方や決まり事は、天下の法だ。

茶道とは、預かりものと心得よ。

周囲に任せっきりだったり知らないことをいい加減

にしたまま、知識も心も足らない者が、人に教えて、

その人の芽を摘んでしまうことは、天下の法に傷を

つけるというもんだ。

我儘はいけないという、この一言をよく合点すれば、

今の法を守っていくことに関しちゃあ大丈夫だね。

くれぐれも我儘があっちゃいけないね。

我儘ってもんは、暫くは人に強制を押し付けている

ようなもんだけど、最終的には自分の道を壊すことに

なるのさ。




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# by tamon1765 | 2014-11-03 02:39 | 川上不白さん | Trackback | Comments(0)

ナラヌ所もアレ共

不白筆記の超訳:

必ずしもそうってわけじゃないけど、基本は、左に

ある物は左手で取って、右にある物は右手で取るって

もんさ。その次にその物に近づいていくんだ。

さて、物を取る時に体を近づけていくのは、格好が悪い。

手を伸ばしていき届かないことで初めて身を乗り出す。

これが、メリハリってもんだよ。


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# by tamon1765 | 2014-11-02 22:07 | 川上不白さん | Trackback | Comments(0)

どういうこと?

自分のブログを見て、吃驚!。

同じ記事が6回繰り返されている。

11101:3839にかけてである。

勿論、たった今、5回分は消去したが、

何が何だか分からない。

システムの問題ですか?


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# by tamon1765 | 2014-11-01 20:30 | Trackback | Comments(0)

カタチニテ

不白筆記の超訳:


型について言うと、お点前は、ずっと連続して一筆書き

のような動きになるものではない。これはメリハリが

無いというものだ。一息で一文字づつ書くような動きが、

メリハリの利いた良い振る舞いというものだ。

ずっと連続している動きは、それきり止まってしまう。

一息づつの動きは、いつまでも続き途切れることがない。

続く)



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# by tamon1765 | 2014-11-01 01:38 | 川上不白さん | Trackback | Comments(0)

守破離

不白筆記の超訳:

守破離という三字は、軍法の教えにある。

シュは守る、ハは破る、リは離れるということだ。

生徒に教えられるのはこの「守」ばかりだ。

生徒は「守」を習い尽くせば、自分から自然と破る

ものである。これは、前に述べた、自分のものと

なった状態になったからである。

上手のレベルといえよう。

ところで、守だけでも車の片一方だし、破だけでも

車の片一方だ。この二つを離れてこそ名人のレベル

なのだ。守と破を合体させ、さらにそこから離れ、

しかも守ることなのだ。(ここでいう守は、初め

から言っている守とは違う。初めの守と今の守の

違いを分かってもらえるかな?)

この一段は、本当に大事なだ。

工夫してほしい。




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# by tamon1765 | 2014-10-31 22:18 | 川上不白さん | Trackback | Comments(0)

上手と名人との段

不白筆記の超訳:


上手と名
人には、差がある。
上手といわれる人は、型や振る舞いをよく学び

消化して自分のものとしている人で、自由自在
に動ける人である。

しかしながら、ここから離れることは難しく、
それ故、上手のレベルに
とどまっている。

名人といわれる人ここから離れることが出来た
が故に、名人なのである。


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# by tamon1765 | 2014-10-30 21:54 | 川上不白さん | Trackback | Comments(0)

稽古ヲスル時殊之外わるく成りたると思う事有リ

不白筆記の超訳:

稽古していると、なんだかとっても下手になったと感じることがある。

これは、上のレベルへ上がるステップだね。

そのわけは、稽古をしていて心のままに動けたときなのだけど、

心のままに動けるようになると、そのまた上を願うようになる。

その思ったとおりに稽古をやっていくと、又下手になったように

思ってしまう。稽古を一生懸命やって、何で下手になることがあろうか、

そんなことあるわけがない。

この下手になったように感じる心境は、充実しているときの心境なのだ。

とにかく、稽古を進めていけば、何度でもぶつかることなのだ。

悪い教育者は、こういうことを心得てないために、生徒の成長が
止まってしまうものだ。

<26.11.2>タイトルを訂正


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# by tamon1765 | 2014-10-29 20:20 | 川上不白さん | Trackback | Comments(1)

修行ハ師につかへ

不白筆記の超訳:


修行は、先生について学び、良い段階に到達したら、先生

から離れるのがいい。その後再び、その先生に学び、二度

修行するのがいいだろう。

というのも、私の経験からなのだ。

私は先生に十年ついて学び、心の中でもういいだろうと感じて、

京を去り江戸へ来た。また大坂へも行き、様々な茶の振る舞いに

出会った。そんななかで、生徒をとったことだ。難題に出会う

たびに、逆に、道は開けていったが、何やら心はしっくりせず、

不自由さが残った。

そののち、先生の元へ戻り一遍修行した後に、パアッとにわかに

道が開けた。

教師たる者、このように、先生から離れ広く研鑽を積んだのち、

今一度先生に仕えるべきだよ。


<26.11.5>最終行の誤字を訂正、

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# by tamon1765 | 2014-10-25 21:23 | 川上不白さん | Trackback | Comments(0)

ワザと式



不白筆記の超訳です。
  **
お点前の動作は、とってもきっちりしているのが好いよ。
お点前の手順は、式の書に書いてある。
茶の湯で自信過剰のオレがオレが・・・を嫌うのさ。
というのも、上から目線で、他人のことを余計に考えて
いて、自分自身がしくじっちゃうんだよ。
皆自分のことだけをちゃんとやれば、皆がそろって
それぞれよく出来るのになあ。






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# by tamon1765 | 2014-06-20 01:58 | 川上不白さん | Trackback | Comments(0)

花月と数茶


不白筆記の超訳です。
  **

花月の対極は、数茶だね。且茶は、その真中さ。
というのも、花月は訓練という意味だし、数茶は茶の湯の心を
表現したものだよ。とは言っても、花月も数茶も偏り過ぎだから、
二つを一緒にした且茶が中道の茶の湯だね。
且茶のやり方の訓練はまさに花月のようだし、心がけは数茶の
ようだね。
こんなふうに裏表があるのも、練習と、茶の湯の心を、花月と
数茶の二つで知ろうってことさ。
数茶のようにのんびり練習をしてちゃダメだし、花月のように
ゲーム感覚の心じゃダメだね。
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# by tamon1765 | 2014-06-19 23:56 | 川上不白さん | Trackback | Comments(0)

わざと心

不白筆記の超訳です。
  **

お茶を上手く点てることが最も大事なことだ。
動作と心が一致しなければ、上手く点たない。
点てる動作と心が一体化すれば、お茶は良く
点つことだろう。
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# by tamon1765 | 2014-06-05 22:48 | 川上不白さん | Trackback | Comments(0)

戦国のプロデューサー「千利休」

今夜の放送ですね。
友人からの情報です。
最新の情報に期待ですね。


知恵泉 先人達の底力
戦国のプロデューサー「千利休」
筒井紘一先生熊倉功夫先生 出演
6/3(火) 23:00〜23:45
6/10(火) 〃

再放送
6/10(火) 5:30〜6:15
6/17(火) 〃
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# by tamon1765 | 2014-06-03 21:17 | Trackback | Comments(0)

廻花の心得


不白筆記の超訳です。
  **

廻花をやる上での心得は、真っ直ぐな花を順番に生けていき、
活気がないと感じたら華やかな花を生け一座を盛り上げ、一方、
華やかな花が続いたならば、軽い生けて落ち着かせる。
この心がなかったならば、騒ぎでおしまいになるか、
今日の会がすたれて終わるかで、よろしくない。
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# by tamon1765 | 2014-06-02 13:25 | 川上不白さん | Trackback | Comments(0)

花を生ける

不白筆記の超訳です。

  **

花は、花の心と己の心が一体になって、花の形を生か

して、生けるものだ。

あらかじめ工夫しておくことを嫌う。

手に触った時に、花に任せて工夫すべきなのだ。

天地のなかで自然に生まれた純粋無垢なものに、

私の余計な賢しらを加えて一体どうするつもりだ、

そんなものは加えちゃいかん。

以上のことが、廻り花については、猶あてはまる。

これはある意味、禅問答のようなものだ。何を聞かれ

るか分からないから、事前の用意なんて出来るもの

じゃない。

問答の心とはそのようにならざるを得ない、と

如心斉先生も仰っていた。

花を生けることについて、四清道という銘の花入れに

以下のようにある。

  竹の清きを切り、

  水の清きを盛り、

  花の清きを入れ、

  心の清きを楽しむ


26.9.12>不明部分に取り合えず試案を書き込み、他加筆
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# by tamon1765 | 2014-05-29 01:03 | 川上不白さん | Trackback | Comments(1)

花月の終わり方

不白筆記の超訳です。
  **

花月は、全体に動きが多いので面白い。
それだからそこ、面白味が少ないよう何もなかったか
のように終わるのがいい。

  **
(笑)これでは、禅問答ですね。




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# by tamon1765 | 2014-05-27 01:03 | 川上不白さん | Trackback | Comments(0)

稽古第一なるべし


不白筆記の超訳です。
  **

花月は良く作られたものであって、これ以上云う事もないよ。
なかでも、札の存在は軽いようでいて、意味深いものだよ。
出来上がってしまうと、何でもないもののようだけど、札のことが
決まるまでは、半端なことじゃなかったね
この札のことは、最高に考えられたものなんだから、
この心得を得る稽古を第一に励まなきゃいけないね。
ただ花月は良いと誉めてばかりで、ウカウカしてばかりじゃいけない。
どの部分をもって良いと思うのか、ちょっと聞いてみたいよ。




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# by tamon1765 | 2014-05-25 21:12 | 川上不白さん | Trackback | Comments(0)

池田成彬 「故人今人」

三井の大番頭だった、池田成彬の本を見つけた。
「故人今人」 世界の日本社、S24.12.7発行

対談集というより雑談集?(笑)なので、読み易く楽しい。
とは言っても、雲のように湧き出る人材の人間関係の知識やら、
当時の言葉づかい、会話の間や距離の取り方など、その呑み
込みに不足を感じ、実の処、読み易くはないのかもしれない。

さて、私は常々、公式的に書かれている財界人の人物像に、
対して、ホンマかいな?と、疑いの目で見ている人間なので、
このような本は本当に有益である。
実際に接した人からの感想、それに勝るものはない。正しい
か間違いかは別として、接した本人がそのように感じたと
いう事実は残るのだから。
それ以外は、細かな逸話を拾っていき、そこからあった姿を
再構築するしかない、と思っている。

ここに登場するのは、お茶でも名高い明治から戦前の政財界
人たちである。名前を挙げると、朝吹英二、益田鈍翁、
小林一三氏、松永安左衛門、藤原銀次郎など、多士済済である。

まだ拾い読みの段階だが、面白い。




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# by tamon1765 | 2014-04-18 22:49 | 今の茶人他 | Trackback | Comments(0)

青山二郎「利休伝ノート」

青山二郎「利休伝ノート」講談社文芸文庫

とんでもない本が出ていたのですね(笑)
但し、あくまでもご本人の未確定草稿なので、私には、
意味不明というか、意図が読み取れないです。

青山二郎に詳しい人が、推測していくしかなさそうです。
そもそも青山は利休を、どのようなスタンスでどう思って
いたのか、そこら辺の基本理解というか、読み手なりの
考えがないと、同じ言葉でも、逆に読み取る可能性が
出てしまいます。

せいぜい、私にできることといえば、これら断片から、
勝手に私の想像世界に遊ぶことなんだろうな。
例えば、2番目のメモ

 総ての言葉は、[時と場所に依り相手次第にはかれている
事が証明されれば、]利休の・・・
(後略)

から、感じたことは、「その言葉の発せられた状況と文脈が
分からなければ、正しい理解も解釈も成り立つわけない
じゃないか。至極当然のことだ。」と思いました。

しかし、いっぽう、勝手なインスピレーションのヒントも
貰いました。単純に利休さんが正反対の言説をしていないか?
探してみるのも面白いかも・・・、なんて。

例えば、仮に利休さんによる正反対のコメントが発見
できた時に、それを言われた相手がどういう人で、どういう
状況なのか、なんて事が分かれば新たな考察ができるかも
知れない、と勝手な想像を膨らますわけです。




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# by tamon1765 | 2014-04-16 22:47 | 利休さん | Trackback | Comments(0)

宗徧流のやり方

お茶のたて方について、山田宗徧氏(11代目家元)の
解説を目にした。
そのまま、一部分を引用すると、

おいしいお茶のたて方
 ポイントは抹茶の量、お湯の温度と量、点てる時間です。
  抹茶 1.1~1.3g
  お湯温度 90℃  量45ml
抹茶が跳びないように茶碗に茶筅を入れてお湯を注ぐ。
茶筅は斜めに14、15回動かす。この間、約10秒。

ということだ。
数字的に表示出来ることが凄いなあ、と感じた。
私は人に聞かれても、「***程度の量で、あとは何度も
繰り返して、自分でおいしいというように感じた感覚を
みつける事がいいじゃないの」と答えるだけだから。

他流派のやり方に、コメントするつもりはないが、
お薄の場合でも茶筅を入れてからお湯を注ぐということを
興味深く思った。


出典は、NHKの「おしゃれ工房」2004年11月号、p39



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# by tamon1765 | 2014-04-14 00:23 | お点前 | Trackback | Comments(0)

気ま~まな独り旅


by tamon