「茶の本」の訳に疑問


天心さんの「茶の本」を読み直していたら、『白い茶筅』
とある。


竹製の茶筌が白いって、どういうことだろうと違和感を
覚え、「茶筅博物誌」を参照しようと探したが、
家の中で
所在不明。

白竹の謂いかと思いながらも、煤竹を使う表千家流から

見ると、どうなのだろうかと、疑問。
天心は江戸千家が身近
と考えたが、今の私には江戸千家
の茶筌の状況を
知るすべがない。


日本語訳から推測するに、「白い」は茶巾を修飾するの

ではないか、と感じて他の訳本もひっくり返してみた。


・ただ清浄無垢な白い新しい茶筅と麻ふきんが著しい対比を

なしているのを除いては、

          (村岡博訳。岩波文庫p54

・ただ清浄無垢な白く新しい茶筅と麻布巾が、いちじるしい

対照をなしているのを例外に、

        (宮川寅雄訳。講談社文庫p47

・ただ、清浄無垢な、白く新しい茶筅と麻布巾がかもしだす

特別なコントラストだけが例外である。

     (森才子訳。中央公論日本の名著p291

・唯一の例外は、竹の柄杓と麻の茶巾で、これだけはしみ

ひとつない真っ白で、まっさらなものでなければならず、

         (大久保喬樹訳。角川庫p84


原文は、

The mellowness of age is over all, everything suggestive of

recent acquirement being tabooed save only the one note of

contrast furnished by the bamboo dipper and the linen napkin,

both immaculately white and new.


私は外国語がからきし駄目なので、英文からの見てのコメントは

できない。
私としては、根拠のない想像をただ膨らませることになるが、

天心がどういうつもりで書いたか、を忖度したい。それだけだ。


何れにせよ、白い茶筅には違和感を覚えるし、whiteが竹製dipper

への直接修飾でないため、大久保先生の訳のみスムーズさを感じる。

和訳の修飾部の作り方が英文にも近いように思える。


一方、注目すべきは、他の訳者が「茶筅」として
いるものを、
大久保先生だけ「柄杓」と訳している点である。

英語辞書で動詞”dip”を見ると、確かに「・・・を掬い出す(あげる)

汲む、汲み上げる」の意味もあるが、むしろ、「浸す、ちょっと

つける」が先に記述され、メインの意味のようだ。

言うなれば、下げて液体の中に入れる・突っ込むという行為と、

そこから引き上げるという行為と、逆のベクトルをその意味の内に

含むやや面倒な単語だ。

ここで思い出すのは、中学生の時、leaveが「去る・出発する」

と「そのままにしておく」の2つの意味があることに、得心いか

なかったが、大人になって「出発していなくなっちゃえば、

残ったものはそのままだ」と漸く納得できた。

このdipも、「浸したら、今度はそこから引き上げなきゃなん

ないよ」ということで、2つの意味が生じたのであろう。

大久保先生は、「汲む」という訳語に引っ張られて柄杓として
しまったのではないかと、勝手に想像してしまう。

欧米に、茶の湯が未だ知られていない時代。

当然のことながら、柄杓も茶杓も、他の茶の湯の道具、さらには

その概念も、英語で言語化されていなかった。

だから、天心は一つ一つ対応する言葉を探しながら“the book of tea”

を書いたのであろう。

このdipperは、汲むための柄杓なのか、撹拌道具の茶筌なのか。

私としては、時代さびたお茶碗との対照を考えると、置き合わせ

をする茶筌に軍配を挙げたい気がする。

<28.6.28>文意変えずに加筆。



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# by tamon1765 | 2016-02-03 23:21 | 天心岡倉覚三さん | Trackback | Comments(0)

藤原銀次郎の旧蔵本

秋成さん関連本を求めて、久々に古本市へ足を運んだ。

お目当ての本を見つけ、お茶関係の本は今はいいや

と思っていたら、創元社の茶の湯全集に遭遇。

全巻持っているので不要ながら、悪癖で「ちなみに幾らで

売っているのかな」と手に取ったが最後、買う羽目に。

何か挟まっている、栞替わりだろうが・・・・・・、

見ると、藤原銀次郎宛ての葉書きであった。

ということは、このシリーズ本は、彼の旧蔵本ダ!

と思わず買ってしまった。

どのページに挟んであったのか分からなくなった

のが残念。

まあ、この本は文献編なので、誰かと一緒に読むことが

あれば、その方に進呈することにしよう。


e0024736_11592153.jpg

処で、差出人の側も気になって、調べてみた。

山本亀光という方である。

で、結果としては、

『三井銀行五十年史』(1926.09)

大正12年(1923)に監査役山本亀光

とあり。

余談ながら、このようなことも、瞬時に調べられる

ネット社会に恐怖を覚えた。


<29.8.8>読み易いよう加筆。




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# by tamon1765 | 2015-12-03 21:59 | 近代の茶人 | Trackback | Comments(1)

お詫びと訂正「源氏窓の蓋置」


116日に書込みした「源氏窓の蓋置」に間違いがありました。

間違いをお詫びし、全文削除させていただきます。

訂正の上、改めて記事を掲載します。

「源氏窓」という名の弘入造の蓋置を使いました。

ベースは、つくね型(いやもっと薄い繊細な作品でした)

の赤楽をイメージしてもらえばいいでしょう。そこには

絵が施され、正面に花頭窓が描かれています。一方、円筒の

反対側の上方向には、丸い穴が開いています。窓部分は

透けた作りではないですが、この窓を通して月を眺めると

いう心なのでしょう。


源氏窓という言葉は、今回初めて聞く言葉であり、手元の

事典には記載はありません。

ネットの辞書を見ると、あっさり、「花頭窓。火灯窓。

唐様の上部が尖頭アーチ状の窓。」といった様にあります。


とするならば、近江の石山寺ということなになります。

紫式部が花頭窓越しに月を眺めている図。

濡れ縁の元には薄が見える、そんな絵柄があります。

そして、現実に、石山寺の本堂東側に張り出して、「源氏

の間」という紫式部が源氏物語を執筆した部屋があると

いいます。

それがまさに、花頭窓、いやいや源氏窓。

Webで検索すればその写真も見られます。



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# by tamon1765 | 2015-11-26 22:25 | お道具とお茶室 | Trackback | Comments(0)

五徳の起源


表題の件、下記の本による情報です。

 三ツ足の鉄輪は、「自在徳、熾盛徳、端厳徳、

 名称徳、吉祥徳、尊貴徳」の六徳を有す。

 しかし、自在鈎が出来たことにより、自在徳が

 除かれて五徳になり、それを名称とした。

というものです。


但し、私には、

1.自由自在に使えるよ

2.火を盛んに起して使えるよ

は、鉄輪の性質として理解できますが、

  3.「端厳」は言葉としてまず不明。

  4.いい名前だよ

5.お目出度いよ

6.高貴な人(もの?)を敬うよ

が何故、この鉄輪に該当するのかが、分かりません。


ネットで探すと、この六徳は、

  山田宗偏の「茶道要録」によれば、仏書に

云々、と見出せましたが、仏書というのがあやしい。

何故、「**経」と明示出来ないのかしら?

もっとも、私は、六徳という考え自体、仏教では

なく儒教の考えかと思っていました。


さて、鉄輪は、自在鈎が出来る前は、五徳ではなく

六徳と呼ばれていたという話も聞かないです。


ということで、スッキリするまで相変らずの遅々
たる歩みです。

なんだかいつも堂々巡りをしているようで、

嫌なんですけど・・・・・・

オチとしては、五徳はやっぱり加減乗除の世界に

あるってことですかね(笑)


裏千家茶道教本器物編
2「釜と炉・風炉」S41、p146


過去の書き込み

 五徳の由来

 五徳への連想


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# by tamon1765 | 2015-11-25 22:21 | お道具とお茶室 | Trackback | Comments(0)

カウネンキ


「同門」11月号(532号)を眺めていたら、
「表千家家元の初釜で残月亭の床に飾られる盆山」
として、カウネンキ盆山が掲載されていました(p17)。

エッツ? 更年期!
と、一瞬驚きましたが、
年をあらためるという意味での更年なのでしょう。
但し、キが分かりません。
季、期、祇、紀、希、、、、何でしょうか?

石の裏にカウネンキと直書きされたのは、宗旦さん。
箱書きは如心斎とのことです。

流線型の、3つの山のような、流れのような石で、
新年の飛躍を感じるようなステキな石です。




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# by tamon1765 | 2015-11-22 18:37 | | Trackback | Comments(2)

掛物古語拾遺


「掛物と日本生活」西堀一三

S16 河原書店

掛物古語拾遺 の目次(数字は頁)


連歌比興鈔1

烏鼠集1

志野宗温伝書6

諸作之巻6

小笠原流「万躾之次第」8

松屋筆記8

南方録10

分類草人木12

茶道故実14

茶経事実15

茶道奥秘録17

利休居士改正書院飾秘事17

旦日記24

佐久間不干斉「明記集」25

賑草26

吉田織部伝書27

作湯方目録28

吉田織部数奇之書29

吉田織部雑談29

喫茶雑話30

長闇堂記30

茶道闇明集31

橘屋宗玄覚書32

道具及諸家古語32

石州三百ヶ條34

和泉草36

石州表具伝書38

石州伝書39

表具秘伝書39

茶道旧聞録41

茶道秘事42

表千家流伝書43

藤林宗源伝書44

望月集45

松花堂上人行業記48

江月和尚茶書48

遠州流茶湯手引草48

遠州流数奇全鈔49

茶道便蒙鈔50
行言録50

茶話真向翁50

茶道覚書51

茶湯法方52

掛物取扱口伝54

松風雑話56

貞丈雑話58




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# by tamon1765 | 2015-11-20 15:55 | | Trackback | Comments(0)

墨跡と書の違い

会記で、お軸は「**書」と書きますが、

江戸期以前の国師級の老師の書には、

「**墨跡」の文言を使える、と教わりました。


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# by tamon1765 | 2015-11-13 19:01 | お道具とお茶室 | Trackback | Comments(0)

作と造の違い

会記で、「造」の字を使えるのは、千家十職

だけ、だそうです。表千家では、の話しです。



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# by tamon1765 | 2015-11-09 07:45 | お道具とお茶室 | Trackback | Comments(0)

方円籠の花入れ


使ったお道具は、即中斎好みの方円籠でした。

竹?で編んだ花入れで、地が四角、天の口が丸

途中窪みがあります。イメージ的には、四角錘と

球の組み合わせといった感じでしょうか。

さて、このブログで過去に引用した言葉から、

即中斎宗匠は、四角から丸への修行を表現した

花入れとして好まれたのではないかと、勝手に

想像しました。

如心斎曰く、

 四角なる物の次第次第に丸なる道理、工夫

あるべし         (『茶話抄』)

川上不白曰く、

 茶の湯のことは、角成るものの円きがよし。

 此一句至極の伝授也。大切に得心申すべし。

(『不白筆記』)


さて、そのような話はないかと、事典を紐解き

ましたが、記載はありませんでした(角川、

淡交社、冨山房=梅園高橋龍雄、東京堂=
桑田忠親)。


また、事典を目にして初めて知りましたが、

裏千家淡々斎宗匠のお好みで、方円卓という

お棚があるそうです。その心は「昔の人は

大地は方形で、天すなわち宇宙は丸いと考えて

いたようで、これを表わし」または「日月を
象どって作られて」とあり、上記に
引用した
考えとは別世界の考え方のようです。


<27.11.11>追記
東京堂出版「茶道辞典」桑田忠親編を追加。


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# by tamon1765 | 2015-11-07 19:48 | お道具とお茶室 | Trackback | Comments(0)

ホリエモン氏の発言に対して感じた

ホリエモンこと堀江貴文氏の記事を見て書く。

この人は、とにかく人を押しのけても人を騙しても

金と名誉が欲しいという人らしい、という私なりの
理解である。

よって、私と人生観が違うので、ネットでこの人に関する

記事見出しを見ても、これまで見出しにとどめていた。

しかし、聞き捨てならない見出しなので、ついその記事を
開いた。
その記事へのコメントである。

ホリエモン「寿司職人が何年も修行するのはバカ」発言 数か月で独り立ちの寿司はうまいか?J-CASTニュース 11月2日(月)18時47分配信


なぜ、私がこれに拘ったか。

私は、「日本の職人や伝統芸能は、時間の蓄積を必要と

するもので、ぽっと出は基本的にはあり得ない。」という
考え
だからである。お茶の世界もそうだと思っている。

だから、この発言は私の行為を否定するものである。


この人は、短時間で金儲けをするために詐欺行為を働いた

だ。つまり、「時間をかけた蓄積、成熟」といった観念に

欠けている人であったということであろう。

確か、牢屋に入った筈と記憶しているが、今回の発言を目に
すると、この人何も
変わっていないことが分かる。

私の年来の主張「人なんて簡単に
変われるものじゃない」
のサンプルが、またひとつ増えた。

見かけは着飾っていて派手に振る舞っていても、私の基準
では貧しい人の分類だ。

ある種、憐みさえ感じる。
私とは人生観も違うし、或る意味どうでもいい人である。

しかし、マスコミに出て、害毒を流さないでほしい。


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# by tamon1765 | 2015-11-04 12:03 | Trackback | Comments(0)

透木は見せるもの?隠すもの?


大寄せのお茶会は好きではないので、余程のことが

ない限り、行かない・出ないの方針で今日まで来たが、

久々に関わってみると、

あれっこの道具どう扱うんだっけ?

ということばかりで、「実践を踏まないものに上達は

ない」という痛いしっぺい返しを喰らったなあ、の

思いである。


で、今回初めて、気になったこと、知ったことなど、


書き留めてみたい。


*


*


唐銅鳳凰風炉に富士釜。


*


透き木である。


で、据えてみろ、と言われると、さてどうしたものやら。


透き木を見せた方がいいのか、隠した方がいいのか?


但し、隠そうとより内側に置くと、釜を据える瞬間に


誤って火袋の中に落としそうだ。


それも困る。


*


ということで、今更ではあるが、ボンヤリ本をめくって


いると、


結論としては、見えていて構わないようだ。


意外と白木が目立つような気さえする。但し、見せるべき


か否かは分からない。


*


根拠は、


・「表千家茶道十二か月」千宗左(NHK、S60年)の口絵


  写真頁の天然忌、p154158


・「茶の湯歳時記―-風炉編」堀内宗完(主婦と生活社、1985


  p4950


でみられる写真だ。


*





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# by tamon1765 | 2015-11-02 20:38 | お道具とお茶室 | Trackback | Comments(0)

小間からの景色

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とある公共施設です。

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# by tamon1765 | 2015-10-10 17:27 | お道具とお茶室 | Trackback | Comments(0)

秘伝とは何か

相伝についてのおかしな話しで考えさせられたが、

つまりは、秘伝とは何か?ということになると思う。

今、相伝ものを秘伝という言葉に置き換えたが、

伝えるべき人(相伝者)に伝え、それ以外には明かさ

ないという意味で、同じとしてよいだろう。

さて、弘法大師は、顕密を論ずる中で、次のように

仰っている。


衆生は無明妄想をもつて本性の真覚を覆蔵するが故に

衆生の自秘といふ。応化の説法は機に逗つて薬を施す。

言は虚しからざるが故に。このゆゑに他受用身は内證を

秘してその境を説きたまはず。則ち等覚も希夷し、

十地も離絶せり。これを如来秘密と名く。


つまり、「衆生の自秘」「如来秘密」の二種類有り、

松長有慶氏はこれを明快に解説された。
以下は、
氏による。

「如来秘密」とは、相手がまだその段階にまで達して

いないので、今の段階に教えるとかえって相手のため

にならない。そのために秘密にしておく。例として、

小学生に体操のウルトラCの技を教えないで秘密に

しておくこと。

「衆生の自秘」とは、既に全てのことは公開されている

のに、受け取る側がそのレベルに達していないがために

読み取れない。それで、結果的に秘密となっている。


私はこれで、何故、相伝が必要なのかが分かり、スッ
キリした。

つまり、相伝とは、相手の能力に応じて1対1で伝授

すべきものであり、相手の現段階の状態を知らぬどこ
ろか、
どんな人間かも分からぬ関係の中で行うやり取り
(ウェブ
上での質問を今、私は言っている)は、およ
そ意味が
無い。



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# by tamon1765 | 2015-08-15 05:51 | お点前 | Trackback | Comments(1)

相伝についてのおかしな話し

ウェブ上の質問コーナーにおかしなものを見つけた。そして、

そのやり行為を考えるうちに、私としては何か一つ、開眼

した気がした。(勿論、自己満足ではあるが、笑)


それは、流派では相伝ものとされるお点前に関しての、ウェブ

上での、つまり公開での質問である。

私には、実に色々なことを考えさせてくれた。


ここに内在する問題では、二つの言説を含むと考えられる。

) これこれのお点前はコレコレこうするのである。

B)相伝もののお点前はその免状所有者でないと伝えない。

そうでない人に公開してはならない。


さて、この質問者は、Bを無視して、Aのお点前のやり方を

質問しているわけである。

この方は、一方に関しては守ろうとせず、一方に関しては

詳しく知ろうとする。(質問して知ったことを守るつもり

なのであろう)。

もし、これが逆(Aを無視し、Bに関しては守ろうとする)

だったらどうなのだろうか。

教わったお点前の手順を全く無視し、「段階を踏んで相伝もの

については口伝で学びなさい」ということのみ墨守する。

この場合、口伝で教わったことの内容が点前のはずであるの

だが、その教わったやり方を無視すると言うことになる。

これはナンセンスの極みだ。

さらに、先生を無視し、その教えを馬鹿にしていることになる。

Bは、Aなどを含む個別の事項を通底する規範と云える。

法といってもいいだろう。

一方、この質問者が遵守するために知りたがっている、お点前

の手順・仕方もまた、法であろう。それを全く無視していれば、

「これは、ウチの流派のやり方じゃないわネ」と、相手にされ

ない。何しろ、そのやり方が流派の法なのであるから。

つまり、二つの教えは同じ教えである。


矛盾を感じないのだろうか?


とにかく、私には首をかしげるばかりの事柄だ。

                      (続く


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# by tamon1765 | 2015-08-13 07:32 | お点前 | Trackback | Comments(0)

数奇に第一の嗜みは茶壺


「醒酔笑」に興味深い一節を見つけたので、記録

しておく。

茶の湯といふには何が入るものぞやと、数奇には

第一の嗜み、茶壺候よ。さあらば一つ求めたい。


とある。

醒酔笑の作者安楽庵策伝は寛永19年(1642年)の

没なので、この資料のみを重んずるとなると、

徳川初期頃は、茶壺が数奇者にとって最も重要な

お道具だったということになる。

茶壺というと、なにやら、染五郎(現九代目幸四郎)
の黄金の日々
を思い出してしまう。


さて、おいしいお茶の供給を考えた時に、保存容器が
重ん
じられるのは或る意味当然とも思える。丁度、

「お刺身をお客様に出すのに、やっぱり冷蔵庫は

最低限必要だよね」と感じるような感覚で。



余談ながら、「醒酔笑」を眺めていると、どこが笑う

処なのか分からなくて、楽しい話の本のはずが、

考え込んでしまうことが多々ある。

尤も、いまのテレビで見る若いお笑い芸人の何割かの

連中の、「何がおかしいのか理解不可能」状況よりも

マシではあるのだが・・・・・・。



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# by tamon1765 | 2015-08-01 00:39 | お道具とお茶室 | Trackback | Comments(1)

兜のような石

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# by tamon1765 | 2015-06-29 03:44 | | Trackback | Comments(0)

林左馬衛先生を偲んで

偶々、雑誌「茶道の研究」589号をめくっていたら、

 『目立つことを嫌った先駆者の足跡』

という田中仙堂氏による、林左馬衛先生追悼の文章に

行き会いました。

平成16103日に亡くなられたので、もう11

になるのですか・・・・・・。
時の流れの速さに驚くばかりです。
仙堂氏は林先生に
ついて的確に表現されています。例えば、曰く

先生の文体は、文学的な晦渋と含羞を含まれたもの

であり、社会学の論文での直截的な表現に慣れた私には、

はじめはなかなか先駆的意義どころか、文意も上手く

とれないところがありました。

うん、そこが又、林先生の何とも言えない魅力なんです

よね、と一人頷く私です。

私も一度だけ林先生に接したことがありますが、格好良かった。

ホテルニューオオタニでしたか・・・・・・。


さて、昨秋、天心さんの茶の本を、1フレーズ毎読み直さ

なければいけない、と自分に課したことを思い出しました。

全くやっていないどころか、誓いを立てたこと自体忘れて

入るのですから、お話になりません。情けないことです。

勿論、その際には、林先生の『を視る術―「茶の本」

の理想―』を脇に置いて、ですね。

今開いても、この著作には、重い言葉が並んでいます。


“茶”とは何かを凝視することは、人間とは何かを具体的

個別的に問いつめる仕事なのである。


すぐれた人が求めたすぐれた“茶”に依存していれば何とか

なる、というわけではない。“茶”はそれぞれの個人が

自分の力で開いてみなければどうにもならない世界である

からだ。


処で、この仙堂さん、家元の次期を継ぐ方たちの中で

私が最もシンパシーを感じる方ですが、年齢から考えて

大澤真幸さんと学部・院で同級生でしょうか。最近、大澤氏
の著作を
続けて目にしているので、勝手ながら、二人の交流を
夢想
するのも興味深いです。


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# by tamon1765 | 2015-06-24 10:50 | 今の茶人他 | Trackback | Comments(1)

茶之湯一会集の目次

茶之湯一会集の目次

1.(序)

2.茶の湯約束之事 前礼(13

3.着服、並びに懐中物(13

4.露地掃除、並びに水(48

5.数寄屋掃除、並びに簾(10

6.道具取り合わせ仕付け、並びに懐石取り合わせ(43

7.客参着、初度の露 迎え之事(17

8.初入 主客挨拶(19

9.初炭手前中(7

10.懐石中 かよい 客給べ様(14

11中立 腰懸之心得 中立中之設(15

12.後入(2

13.濃茶点前中(13

14.後炭中(7

15.薄茶点前中(12

16.退出 暇乞い 見送り 立炭 水屋飾り拝見(5

17.独座観念(1

18.後礼之事(1

19.茶に行きて人に語り様之事(1

20.客俄かに席を立つ事有りたる時之事(1

21.客俄かに人数増したる時之事(2

22.客遅参之れ有る時之事(1

23.客より贈り物之事(7


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# by tamon1765 | 2015-06-15 08:51 | 井伊直弼さん | Trackback | Comments(0)

地層のような石

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# by tamon1765 | 2015-06-11 21:19 | | Trackback | Comments(0)

五徳への連想

徒然草をめくっていたら、面白い一節を目にした。

それは、平家物語の作者を明示する有名な一節だ。

266段である。曰く

(信濃前司行長、)七徳の舞を二つ忘れたりければ、

五徳の冠者と異名をつきにける


ということだ。

以前、五徳の由来という記事を書いたが、その記事
での話では、"4+1=5”から
五徳となった。
それに対し、この徒然草での話では、”7―2=5”
というわけで、
五徳はマイナスから生じた数という
ことである。

増えるにせよ減るにせよ、落ち着きどころが5と

いう数字であることが興味深い。

陰陽五行説の影響だろうか。

<27.8.5>訂正
<27.11.25>記事「五徳の起源」を追加


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# by tamon1765 | 2015-06-08 06:20 | お道具とお茶室 | Trackback | Comments(1)

鈍翁さんの、お茶の作法に関する考え

「お茶の作法なんていうものは、せいぜい、

徳川初期あたりにできたものだから、そんな

定めにしたがう必要はない。定めにしたがわ

なくてもお茶はたてられる」

桑田忠親による、鈍翁の言葉です。

但し、「こんな言葉があります」と書いています

ので、直接本人からの言葉かどうか不明です。

二人の出会いはあったか考えてみると、

鈍翁益田孝(184811月 ~ 193812月)

桑田忠親(190211月 ~ 19875月)

鈍翁が亡くなる時は、桑田は36歳。なんとも微妙ですね。

桑田が歴史学者として名を成すのは、もっと後で

しょうから、ここでは直接の聞き取りではなく伝聞

あるいは書き残したものからの引用ということに

しておきましょう。


また、桑田は、「(鈍翁は、)自分勝手に、融通無碍、
自由
自在なお茶をやったらしいです。」とも書いています。

まあ、私が思うに、この時代のこれら大物は精神の

自由人でしょうから、冒頭の発言も頷なるかな、です。


さて、過去に鈍翁が、お茶事を行うにお手伝いを頼んだ

という記事を書きました。有名な料理人を連れてこない

ところがいいですね。


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# by tamon1765 | 2015-06-05 14:17 | 近代の茶人 | Trackback | Comments(1)

文茄の茶入

根津美術館の「唐物茶入」(20055月)は、

楽しい本である。「唐物茶入を出来るかぎり

集めました。」(まえがき)というだけあって、

写真が見飽きないし、同種類の比較対象も出来、

便利この上ない。

掌に載せてお点前をしている姿を想像するのも

楽しい。

さて、不勉強なので、文琳と茄子の合いの子の

文茄というカテゴリーがあることを、この本

で知った。

しかし、この本の写真を見ていても、物によって

は、茄子か尻膨か、文琳か肩衝か・・・・・・、

私には判断できないものも多々ある。


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# by tamon1765 | 2015-06-01 07:23 | お道具とお茶室 | Trackback | Comments(0)

官休庵は代数の数え方を変えた?

327日付の書き込みで、「茶道妙境」の著者である

千宗守さんを、九世愈好斎聴松と私は書きました。

ところが、官休庵のホームページを拝見したところ、

愈好斎聴松は十二世に変わっていたのですね。

つまり、今まで官休庵の初世としていた宗旦の二男?

似休斎一翁(表の宗左、裏の宗室の兄)を、1と数えるか、

利休・少庵・宗旦をたして、4と数えるかの違いなの

ですけど。


例えば、手元の本を開いても、

  千宗守編「利休とその道統」創元社s49

  この宗守は十世有隣斎です。執筆者欄にも、

自ら十世と書かれています。

それが今や、有隣斎は十三世なのですね。


流儀の方へのお知らせやらどういうふうにされたのかな。

一つの大きな組織が、組織内の人間や社会に対して

どのように告知したのか、それを行うことによるプラス

効果マイナス効果をどのように判断されたのか、

に興味が湧きますね。


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# by tamon1765 | 2015-04-10 06:52 | 雑談 | Trackback | Comments(0)

訓練不足では戦争に勝つことはできない

軍書ばかり読んでいても滅多に将軍の資格に達する

ことは不可能なのである。茶道でも点前の訓練を

せず茶書や、自分勝手の理屈を積むのみでは滅多に

本格の茶道には達し得ないのである。軍隊なら訓練

の不十分な方は戦争には勝つことはできないという

結果になる。

千宗守(九世愈好斎聴松)「茶道妙境」昭和15創元社

戦争を例として引き合いに出していることに時代

を感じますが、まずもって至極当然のことです。

早速、一碗点ててみることにします

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# by tamon1765 | 2015-04-07 15:53 | 近代の茶人 | Trackback | Comments(0)

天心さんは浄土真宗本願寺派

天心関係の本をひっくり返していたら、天心の法名は

「釈天心」とありました。

とすると、茶の本の中で、天心自身は禅を好意的に書いて

いますが、浄土真宗ということになりますね。

いろいろ探してみると、葬儀の導師は、永称寺の住職

和久隆広師とありました。

台東区根岸の長久山永称寺は本願寺派ということです。

偶々ですが、私はこの2月に鴬谷の「御行の松」を見に

行ったので、この永称寺の門前を横切っているのですね。

西蔵院、永称寺、千手院、要伝寺と、どこも門をくぐり、

本堂と、門脇のお地蔵様・観音様などへ手を合わせる程度

なのですけど





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# by tamon1765 | 2015-04-01 14:13 | 天心岡倉覚三さん | Trackback | Comments(0)

気ま~まな独り旅


by tamon
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