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利休さんの遺偈は引用かも(2)


利休さんの遺偈は引用かも」という記事を読んで

くださった方がおられた。だいぶ以前の書き込みな

ので、自分でも読み返してみた(参照「力囲希咄」)。

併せて、このことは、世間ではどう扱われている

のかなと、ウェブ検索してみた。

*

すると、まず目に入ったのが、酷いものだった。

大手運営会社の、質問コーナーである。

*

質問「韓 利休ってどんな人?

回答「歴史に名を残した中国人の中に、そういう

名前の人はいません。日本の千利休の間違いでは

ないでしょうか」

*

呆れても物も言えない。

更にこれが、ベストアンサーというのだから(

いくら回答数が1としてもだ)、酷すぎる。

世間をにぎわす国内政治ニュースと合わせて、

世の中がどんどん薄っぺらくなっているようで、

情けない。

*

片や、「利休最後の和歌と幽斎」という記事を見つけ、

ワクワクし、いい勉強をさせてもらった。

私は、mixifacebook、インスタグラム、ラインも

何もする気がないので、それらの仕組みも分かって

いない。しかし、このような書き込みを目にすると、

他の記事も読んでみたいなあと、ちょっと興味が湧く。

まだまだこの世は捨てたものではない、どころか、

もっともっと自分自身しっかりしないと、の思いだ。

*

ところで、私自身の書き込みでは、これまで、根拠や

出典を自分で見易くするために、管理人のみ閲覧の

コメントに残してきた。万が一、出典を尋ねられた場合、

すぐに答えられるようにするためだ。

*

ちなみに、今回の「利休さんの遺偈は引用かも」の出典は、

・小松茂美「利休の死」中公文庫、1991年、p212

・近重真澄「茶道百話」晃文社、昭和217月、p199

  家蔵の晃文社版は21年発行だが、戦前の17年に

出版された模様。

・私は見ていないが、小松茂美上記によると、

柴山全慶師による論文が「禅学研究」(41号、昭和23

11月)に掲載されているという。

*

さて、過去の自分の書き込みを見て、意味不明なもの(

ばかりではあるが、汗)があり、訂正した。本日の訂正は、

表題に(お詫びと訂正)を追加し、本文は、行替えのための*

をいれたことだ。

禅と茶との関係(お詫びと訂正)

これは、私が「茶禅一味」は宗旦の著作でないと断定しながら、

その根拠が示せない間抜けな記事であった。

皆様のご寛恕を請願う。

見直すと、補足しないと意味不明の記事ばかりのような気が

してきた(トホホ)。

*

なお、mixiユーザーさんの、素晴らしい書込みに

リンクを張りました。

幽斎の研究をされている方とお見受けします。

こちらからの連絡の取り方が分からないので無許可

です。問題あるようでしたら、ご意見いただけまし

たら幸いです。

*





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by tamon1765 | 2017-09-13 15:47 | 利休さん | Trackback | Comments(0)

清風煩瑣の目次

*

清風瑣言 目次

*

156

1) 東渡160

2) 考古164

3) 稟性ヒンセイ168

4) 天時170

5) 製造172

6) 地霊173

7) 品解174

8) 表異175

9) 品目176

10) 入雑178

11) 煎法179

12) 分量182

13) 煮散183

14) 茗戦メイセン184

15) 湯候185

16) 弁水186

17) 選器192

18) 収貯196

19) 久蔵197

20) 取手200

21) 附余201

22) 遺事208

*

数字は平凡社東洋文庫「日本の茶書2」の頁

*


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by tamon1765 | 2017-09-09 18:39 | 秋成の茶 | Trackback | Comments(0)

米原万里の「わたしの茶道........

*

米原万里の「心臓に毛が生えている理由」角川文庫

をひらくと、「わたしの茶道&華道修行」p179とある。

その部分を要約すると、

*

筆者は某茶道家元のソ連訪問団の通訳の依頼を受け、

三十余名の通訳者達とともに喜び勇んで引き受けた。 

しかし、息を吞むほど優雅な着物姿、身のこなしは

お点前の最中だけのこと、一緒にその場に居たたまれ

ないほど、普段はずぼらがさつこの上ない人種である。

これが、数多の職業人に接する機会を持つ通訳者たち

の、お茶のお師匠さんたちに関する一致した見解だった。

モスクワでの茶会は大成功し、御一行様は二度目を計画

したが、1度目の通訳に声をかけたが筆者以外の、全員

が断ったという。

*

残念です。

自戒したいものです。それ以上のコメントは控えます。

*

それにしても、米原さん、いつも楽しく読ませてもらって

いるが、感情が前面に出てしまい? この章については、

オチというかまとめが普通に終わって物足りなかったです

*


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by tamon1765 | 2017-09-08 22:14 | 雑談 | Trackback | Comments(0)

伽藍の実際


以前、伽藍という記事で信州の善光寺をひきました。
今回、静岡県三島の龍澤寺(臨済宗妙心寺派専門道場)の伽藍を3種。
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こちらは、三島大社の本殿、
これは伽藍という言葉を使っていいのでしょうか、
私はちょっとよく分からないのですが。
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by tamon1765 | 2017-09-07 22:29 | お道具とお茶室 | Trackback | Comments(0)

日用の間

*

神道は日用の間にあり 「陽復記」

*

日用の間、神道ならざという事なし「太宮神道或問」

*

以上、渡会延佳ノブヨシの言葉。

神社で毎月頂いてくる生命の言葉からの孫引きです。

*

ここに引用したのは、常々不白さんが、お茶は常の

ことと仰っていることと同じと感じたからです。

考えてみると、禅の人は、行住坐臥といいます。

つまり、自覚的に己のプリンシパルを獲得した者は、

一直線にその世界を突き進み、それを宣言しうると

いう事が言えそうです。

誰でも生きている以上、そのようなものを持たない人

はいないわけです。それなのに、何の違いでしょうか。

*

考えてみると、それは、受動と能動の差かと思われます。




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by tamon1765 | 2017-09-04 19:50 | ことば | Trackback | Comments(0)

五徳の語源(解決か?)


ウィキペディアを開いたら、ずっと気になっていた、

五徳の語源が書いてあった。まあ、一つの説だが。

その、あっけなさにやや意気消沈である(苦笑)。

内容を引用すると、

*

昔は、環を上に足を下にして使った。 これは、

竈子(くどこ)と呼ばれた。のちに、 ひっくり返して

使うようになり、名称も、 「くとこ」をひっくり返して、

「ごとく」になった。 漢字の五徳は当て字。

*

というものだ。 はっきり言って、ウィキペディアに

ついては良い印象を持っていないので、上記のような

説もあるということで読んだ。

濁点の移動についてはどうなのか、ということもある。

それにしても、楽しい説ではある。

今後は、五徳だけでなく「くどこ」という言葉も気に

することにしよう。

*

ギョウカイ人の逆さ言葉はシーチョの極みだが、

(シーチョ自体が逆さ言葉です。笑)、そのもの自体が

ひっくり返ったために名前もひっくり返した例は、

日本語でほかにないか考えているが思いつかない。

*

無理して下らないことでも書くとすると、

英語習いたての中学生の頃、 「日本とアメリカでは

多くのことがアベコベだから、 日本では道路が、

あちらではroad。」

*


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by tamon1765 | 2017-09-03 22:15 | お道具とお茶室 | Trackback | Comments(1)

気ま~まな独り旅


by tamon
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