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お出会いでお道具を返す訳


教則本を見ると、拝見後の道具の返し方が丁寧に記載されている。

しかし、なぜそうするのが書いてない。こんな風に考えれば

いいのではないかと思うので、試案であるが、ここに書いてみる。

ある場面を想定してみる。

お茶事に誘われた。毎度毎度あることではない。

何年に1回あればよいこと、否、最初で最後かもしれない。

今回特に、お弟子さんをご一緒にとの有難い言葉。

で、稽古を始めてまだまだ日の浅いA子を連れて行くことにする。

さて、ご亭主は、家宝のお茶入れを出して呉れた。

このような立派なお道具をご用意されるとは!

これこそ、最初で最後の眼福であろう。

私は正客となり、妹弟子が詰め、A子は次客だ。

(現実に、家宝を出す茶事に初心者の状況は有り得ないです

申し訳ないが、当然ながら茶事は、正客である私を中心に進む。

全ては、正客のために、というわけだ。

濃茶をいただき、拝見となった。

素晴らしい唐物茶入れに手が震えるが、有難く拝見する。

お詰めさんが仕覆を拝見し終わり、お出会いでお返しする処だ。

よっこらしょっと!と、気合を込めて立ち上がる。

 *

何故、年寄りで足のやや不自由な正客が立っていくのか。

お正客ファーストと考えたら、わざわざ足の悪いお正客を立た

せて、仕事をさせる必要があるのか。

しかし、ここがポイント。

1)家宝の茶入れを先程、見せていただいた。しかし、これが

最期と思うと、お願い!もう一寸だけ、もう一度見せて!

という思いが強い。目に焼き付けて、手に感覚を残したいです。

お名残りの拝見です。

2)亭主のこんな大切なもの、有り得べきことではありませんが、

もし万が一粗相があってはいけないです。そのチェックも

含めてもう一度を、拝見したいです。

と、考えてみたらどうでしょうか。

いつもお稽古で使い慣れているお道具へ、ちょっと違った思い入れを

することで、また違うのではないでしょうか。

 *

と、エラそうに書きましたが、言わずもがなの当然の事かも........

以上、私の勝手な考えですので、皆さんは師伝によってください。





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by tamon1765 | 2017-05-27 14:02 | お点前 | Trackback | Comments(0)

水道橋心中


読む人によっては、あまり後味のいい話題ではないかも

しれません。そのことをご了解の上、お読み下さい。

 *

「享和雑記」p72を眺めていたら、川上不白さんの元にいた

若い男女が心中をしたという話が目に入りました。

校訂者三田村鳶魚による解題には、この水道橋心中は、

志満山人作「梛の二葉」として文政6年に刊行されたと

ありますから、江戸の或る時期には流布した話だったの

だと思われます。

 *

話の内容は、享和元年1801年、不白82歳のこと。

「酉十一月六日小日向水神の社辺にて相対死あり、若衆は

十五歳、娘は十六歳といふ」というものですが、娘は

不白の妾です。妾は5人、そのうち3人は17歳以下。

一方、若衆は、「(不白の)倅が仲間の与力の次男、容貌人並みに勝れ

利口弁佞なる生まれにて習ふともなく、茶湯をよく覚えて

年に似合わず取り廻す美少年あり」とあり、(不白の)寵愛又類なし

と。つまり、男色関係にあったということでしょう。

私としては、不白さんには、ややガッカリ……..

ですが、人は誰でも(私も)時代と土地の習慣の制約の中

に生きているのですから、今この瞬間の私の立場から

批判してもしょうがないです。

さて、娘がこの美男に恋慕し二人はそういう関係になった。

不白は知りながら空知らず顔をし、むしろその後は遠慮して

この妾をただ傍に休ませるだけにして、労わってあげた。

いずれ、少年を与力にし、この妾を遣わしてあげようと

思っていたが、「不慮の事出来て愁嘆いうばかりなし」。

娘は懐妊し、不白の心を知らずして、二人で死を選んだ

ということです。

恋はお家の御法度の時代ですからねえ。

この作者(柳川亭と自称しているが詳らかならず)は、

激しい非難とは思えませんが、不白の奢りをたしなめていると

いった趣です。

 *

どっかで、この話を読んだなあ、と書棚をさがしてみました。

 井口海仙「随筆茶道」平楽寺書店兌s18.12にありました。P126

 矢田挿雲「江戸から東京へ」無かったです。

 武江年表にもありません。

 *

井口氏は、何か別の種本があるのでしょうか。幾分違いが

あり、気になります。不白の妾に変わりないですが、十七八歳。

近所の若者と愛し合うようになり、家出した。

不白はすぐ彼女の手文庫を見たが、小遣いにあげた金子が

残っていたので、「あの女はキット死ぬ気だ。早く探し出して

呉れ」と捜索させた。が、時遅し、早稲田の田圃で情死していた。

金を残して出奔するは生命危し、とのことで、井口氏の最後の

コメントは

「不白は、茶の湯のことのみではなく、世事にも、中々詳しい

人物であつた事が、この逸話でよく知れる。」

こんなまとめ方でよろしいのでしょうか。

私には大いに疑問ですし、不満です。



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by tamon1765 | 2017-05-24 18:55 | 川上不白さん | Trackback | Comments(0)

高幡不動尊


関東三十六不動霊場会(このような概念、団体の存在も

存じ上げませんでした)による、十二年に一度の総開帳

とのことでした。

真言宗の護摩焚きをお参りして、神秘的な炎に、少し

身が清められた気がしました。

新緑もきれいで、気持ちがいいです。

境内も落ち着いていて、有難いものです。


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家人が申すには、ここで昔お茶会やったネ。

えっ?

そう言われれば、この門(茶室知足庵の額札が見える)

の前で集合写真を撮ったものがどこかに在る筈。

しかし、お茶会そのものもお茶室も全く思い出せない。

もう30年も昔のこと……イヤア、びっくりした。

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by tamon1765 | 2017-05-17 21:51 | 雑談 | Trackback | Comments(0)

茶碗を拭く際の軸(2)


先の茶碗を拭く際の軸の件で、相弟子のお二人から連絡を

いただきました(NKさん、SSさん)。

*

お二人とも、先生からは、「茶碗は水平にして傾けないで拭

くように」習ったといいます。

特に、姉弟子からは、「お茶碗は、飲むときだけ傾けるけど、

置いてある時、運ぶ時、お茶が入っている時等、水平の方が

自然で綺麗な感じがします。」とのコメントをいただきました。

(個人メールで)。

取り敢えず、先生の教えは夢でなかったので、安心しました。

*

以上、ローカルなお話です。上記以外は間違いだなどと主張

する意図は一切ありません。

皆さまは、師伝によってください。




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by tamon1765 | 2017-05-14 13:37 | お点前 | Trackback | Comments(0)

松平定信「茶事掟」


はなはだ面白い文書です。

私には、定信と言えば、子供の頃覚えた「一人縄なう松平定信」

のイメージです。老中として、ケチケチ政治、いや、失礼。

幕府財政立て直しのため、緊縮政策の人(但し、失敗)。

ということで、老中自ら足の親指人差し指に藁を挟み、一人

黙々と縄をなう人。

 *

はて、何ですか? って?。

「ひとり1な7わ8な7う」で、1787寛政の改革です。

閑話休題。

定信公の本文を引用すると、

・わがほどを守りて、奢りたるものなど玩ぶまじき

・わざとひなぶれたるも、その分限にはあらざるべし

・そのほどをこそよくこうがえ侍るべき

・只その分限をしりて本末を弁え

・よくその程々を守るこそいみじけれ

・分外の物数寄をなすぞ、本意に背けし

とあり、自分の分を守りなさい、にその主張は尽きます。

茶道具に、むだなお金を費やすな!とも。

身分社会のなせる発言とみる向きもあるかもしれませんが、

私としては、常識的なことであり、私の今の生活信条と

一致します。

外に引用すると、

・くまぐま心を尽くし

・くさぐさ心を尽くすべき

好ましい表現です。なかなかいい感じの人であったかも。

 *

さて、笑ったのが、千家の七種蓋置の三ツ人形に対して、

「人の形あるものの上へ、熱くなった釜の蓋を、自分は

熱いものだから帛紗を使って取りながら、その子供の頭

の上へ置こうというのは、心無い人の仕業だ。

あるいは、亀の形をした香合の蓋を取ると、甲羅のみ

離れて、頭も手足も身の方に残るのが、生き物の姿と

かけ離れて、殺風景でおぞましい。」と。

私自身、唐子というモチーフが好きで、七種蓋置のなかで

唯一求めたものなので、笑みがこぼれてしまう。

亀の香合については、これは謂われなきイチャモンかな。

ではどの部位が蓋に付随すれば満足ですか、と定信公に

伺いたいですよ。デザイン作品は、そういうものでしょう。

 *

また、本文末にも正論を吐いてます。曰く

「利休なども、自ら切った竹の花活けに、自分で削った茶杓を

使った。これこそ風流が一段と優ったものだ。

利休の作った花入れを使うよりも、自ら竹を切って出した方が、

かえって利休の心にもかなっている。

大金を出して古い道具を求めることは、その本意に背いている

ことは、言うまでもない。」

 *

さて、最後に、今後の宿題として、楽しみな一節。

「いまにては千々のこがねを出してふるき品をとかい求むるは、

かの妖物の戒めおそるべし」

かの妖怪とは、何?誰?





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by tamon1765 | 2017-05-11 14:27 | Trackback | Comments(0)

気ま~まな独り旅


by tamon