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兜のような石

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by tamon1765 | 2015-06-29 03:44 | | Trackback | Comments(0)

林左馬衛先生を偲んで

偶々、雑誌「茶道の研究」589号をめくっていたら、

 『目立つことを嫌った先駆者の足跡』

という田中仙堂氏による、林左馬衛先生追悼の文章に

行き会いました。

平成16103日に亡くなられたので、もう11

になるのですか・・・・・・。
時の流れの速さに驚くばかりです。
仙堂氏は林先生に
ついて的確に表現されています。例えば、曰く
*

先生の文体は、文学的な晦渋と含羞を含まれたもの

であり、社会学の論文での直截的な表現に慣れた私には、

はじめはなかなか先駆的意義どころか、文意も上手く

とれないところがありました。
*

うん、そこが又、林先生の何とも言えない魅力なんです

よね、と一人頷く私です。

私も一度だけ林先生に接したことがありますが、格好良かった。

ホテルニューオオタニでしたか・・・・・・。

*
さて、昨秋、天心さんの茶の本を、1フレーズ毎読み直さ

なければいけない、と自分に課したことを思い出しました。

全くやっていないどころか、誓いを立てたこと自体忘れて

入るのですから、お話になりません。情けないことです。

勿論、その際には、林先生の『を視る術―「茶の本」

の理想―』を脇に置いて、ですね。

今開いても、この著作には、重い言葉が並んでいます。

*
“茶”とは何かを凝視することは、人間とは何かを具体的

個別的に問いつめる仕事なのである。

*
すぐれた人が求めたすぐれた“茶”に依存していれば何とか

なる、というわけではない。“茶”はそれぞれの個人が

自分の力で開いてみなければどうにもならない世界である

からだ。

*
処で、この仙堂さん、家元の次期を継ぐ方たちの中で

私が最もシンパシーを感じる方ですが、年齢から考えて

大澤真幸さんと学部・院で同級生でしょうか。最近、大澤氏
の著作を
続けて目にしているので、勝手ながら、二人の交流を
夢想
するのも興味深いです。


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by tamon1765 | 2015-06-24 10:50 | 今の茶人他 | Trackback | Comments(1)

茶之湯一会集の目次

茶之湯一会集の目次

1.(序)

2.茶の湯約束之事 前礼(13

3.着服、並びに懐中物(13

4.露地掃除、並びに水(48

5.数寄屋掃除、並びに簾(10

6.道具取り合わせ仕付け、並びに懐石取り合わせ(43

7.客参着、初度の露 迎え之事(17

8.初入 主客挨拶(19

9.初炭手前中(7

10.懐石中 かよい 客給べ様(14

11中立 腰懸之心得 中立中之設(15

12.後入(2

13.濃茶点前中(13

14.後炭中(7

15.薄茶点前中(12

16.退出 暇乞い 見送り 立炭 水屋飾り拝見(5

17.独座観念(1

18.後礼之事(1

19.茶に行きて人に語り様之事(1

20.客俄かに席を立つ事有りたる時之事(1

21.客俄かに人数増したる時之事(2

22.客遅参之れ有る時之事(1

23.客より贈り物之事(7


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by tamon1765 | 2015-06-15 08:51 | 井伊直弼さん | Trackback | Comments(0)

地層のような石

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by tamon1765 | 2015-06-11 21:19 | | Trackback | Comments(0)

五徳への連想

徒然草をめくっていたら、面白い一節を目にした。

それは、平家物語の作者を明示する有名な一節だ。

266段である。曰く

(信濃前司行長、)七徳の舞を二つ忘れたりければ、

五徳の冠者と異名をつきにける


ということだ。

以前、五徳の由来という記事を書いたが、その記事
での話では、"4+1=5”から
五徳となった。
それに対し、この徒然草での話では、”7―2=5”
というわけで、
五徳はマイナスから生じた数という
ことである。

増えるにせよ減るにせよ、落ち着きどころが5と

いう数字であることが興味深い。

陰陽五行説の影響だろうか。

<27.8.5>訂正
<27.11.25>記事「五徳の起源」を追加


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by tamon1765 | 2015-06-08 06:20 | お道具とお茶室 | Trackback | Comments(1)

鈍翁さんの、お茶の作法に関する考え

「お茶の作法なんていうものは、せいぜい、

徳川初期あたりにできたものだから、そんな

定めにしたがう必要はない。定めにしたがわ

なくてもお茶はたてられる」

桑田忠親による、鈍翁の言葉です。

但し、「こんな言葉があります」と書いています

ので、直接本人からの言葉かどうか不明です。

二人の出会いはあったか考えてみると、

鈍翁益田孝(184811月 ~ 193812月)

桑田忠親(190211月 ~ 19875月)

鈍翁が亡くなる時は、桑田は36歳。なんとも微妙ですね。

桑田が歴史学者として名を成すのは、もっと後で

しょうから、ここでは直接の聞き取りではなく伝聞

あるいは書き残したものからの引用ということに

しておきましょう。


また、桑田は、「(鈍翁は、)自分勝手に、融通無碍、
自由
自在なお茶をやったらしいです。」とも書いています。

まあ、私が思うに、この時代のこれら大物は精神の

自由人でしょうから、冒頭の発言も頷なるかな、です。


さて、過去に鈍翁が、お茶事を行うにお手伝いを頼んだ

という記事を書きました。有名な料理人を連れてこない

ところがいいですね。


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by tamon1765 | 2015-06-05 14:17 | 近代の茶人 | Trackback | Comments(1)

文茄の茶入

根津美術館の「唐物茶入」(20055月)は、

楽しい本である。「唐物茶入を出来るかぎり

集めました。」(まえがき)というだけあって、

写真が見飽きないし、同種類の比較対象も出来、

便利この上ない。

掌に載せてお点前をしている姿を想像するのも

楽しい。

さて、不勉強なので、文琳と茄子の合いの子の

文茄というカテゴリーがあることを、この本

で知った。

しかし、この本の写真を見ていても、物によって

は、茄子か尻膨か、文琳か肩衝か・・・・・・、

私には判断できないものも多々ある。


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by tamon1765 | 2015-06-01 07:23 | お道具とお茶室 | Trackback | Comments(0)

気ま~まな独り旅


by tamon
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