<   2012年 10月 ( 2 )   > この月の画像一覧

私の、円相のその後

「円相をめぐって」の続きというより、脱線です。
(「円相をめぐって」「円相をめぐって(2)」)

先に、表千家七世天然如心斎(1705―1751)は、自らの画像
を認めず、「天然居士一円相」を画像の替わりとするように
言い残したと書きましたが、先行する例を発見しました。

それは、沢庵和尚(1573―1645)です。
その遺言というべき「老僧遺戒の条々」の4条目に
 一 我が身後、紫衣画像を掛くべからず。一円相を以て
    真に代えるなり。華燭炉、意に任すべし。

とあります。(東海寺蔵)

となると、次の観点は、如心斎参禅の老師は沢庵和尚の道統に
あるか?ということでしょう。
これは、沢庵和尚の考え方をその弟子筋の老師が如心斎へ伝え
た可能性はあるか、という単純な設問であります。
残念ながら、それは既にはっきりしています。
答えは、否です。
沢庵和尚は、同じ「老僧遺戒の条々」に繰り返し、我に嗣法の
弟子なし、と述べて居ます。つまり、禅僧の重要な責務とも云える
法灯を繋げることを拒否した方なのです。

一方、如心斎参禅の師は、玉林院第三世大龍和尚です。
沢庵和尚と同じ北派ではありますが、先に書いたように、繋がる
ものではありません。

思うに、沢庵和尚の事を考えると、社会へのジレンマと絶望が
感じられます。
自己の理想とする生き方から大いに逸脱した自分自身を見出し、
無力感を覚え、絶望していたのではないか。
とはいえ、修行中の弟子から見たら、「我に嗣法の弟子なし」と
宣言されることほど残酷なことはないと思えます。
但し、私が按ずるに、沢庵さんの真意は、下の世代に対して期待
していないのではなく、「己と同じような苦しみや葛藤を感じて
ほしくない。」そして、このような葛藤の感情そのものを無意味と
思ったのではないでしょうか。
紫衣事件で反権力を貫き颯爽とした姿を見せながら、皮肉にも
家光に気に入られ、心ならずも「大名好き」と謗られた沢庵の
気持ちを思うと、心痛みます。

その虚無的な言説に、或る意味、仏弟子とは異なった方向へ行っ
てしまったようにも見受けられます。
いや、これこそ、「無」の行為と見るべきなのでしょうか。
仏の道は、私には分からなくなるばかりです。

さて、如心斎と沢庵のふたりに共通の「円相を以て絵姿に代える」
という考えは、ここにパラダイムというか、時代精神があったと
考えるべきなのかもしれません。
二人の間には60年の時間差があるとはいえ、時代基盤はそう変わり
がないのではないか、出自は異なりますが学習項目は類似している
のではないか、と思います。

余談ながら、私の中では、沢庵和尚といえば、田村高廣さんその人
です。
って、随分昔のNHK大河ドラマ「春の坂道」(柳生宗矩を
中村錦之介が主演、萬屋に改姓前)のなかでの沢庵役でした。
格好よかった。

結論の無い贅言失礼しました。


<25.1.5>追記
<26.1.20>追記
[PR]
by tamon1765 | 2012-10-25 06:46 | 雑談 | Trackback | Comments(2)

一椀のお茶

e0024736_2010993.jpg


お茶碗は、安芸の宮島お砂焼です。
[PR]
by tamon1765 | 2012-10-22 16:11 | 雑談

気ま~まな独り旅


by tamon
画像一覧