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その人、その人の茶の湯

茶の湯で大切なことは、その人、その人の茶の湯と
いうことを考え、行なうことであります。たとえ
少々の誤りがあっても、その人その人の持味を見取る
ことが、茶の妙味といえます。間違いが無ければ良い
ということではありません。


このように言って頂くと、ホッとするとともに、
逆に私自身の茶の湯を考え行っているかと
問われれば、一言もありません。
堀内宗心宗匠の言葉です。
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by tamon1765 | 2012-08-27 03:15 | ことば | Trackback | Comments(1)

お釜の容量

思ってもみなかった記述に、ハッとさせられました。

この釜のなかに水がどれくらい入るでしょうか。
いや、釜を見たときに湯をどれくらい沸せられるか
という見方をしていらっしゃいますか。
   田中仙堂 『茶道の研究』565号、平成14.12.29
              p4、p20


私にはこの発想はなかったです。
つまり、お釜という道具を道具本来のものとして見て
いなかったということです。
大いに反省です。

早速、自分の持っているお釜にどれだけの水が入り、
どれだけのお湯を用意できるのか、量ってみることに
しようと思います。
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by tamon1765 | 2012-08-18 07:23 | お道具とお茶室 | Trackback | Comments(0)

出鱈目を書く人

大日本茶道学会の田中仙樵先生が、今日庵の庵号に
ついて書いているのではと、著作を開いたら、・・・
思わず、笑って!してしまった。
仙樵先生曰

宗旦の侘茶には敬意を払うが、文字を書かしてみると
余りにも出鱈目を書く人である。
竹内尉氏も、宗旦の無学を、其著『茶の精神』に
述べて居る。


根拠としては、
人世七十を、人生七十
力□希咄を、力囲希咄
懈怠を、邂逅
などと、引用が出鱈目だというわけである。
・・・
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by tamon1765 | 2012-08-07 23:27 | 宗旦さん | Trackback | Comments(1)

鈍翁コレクションと大師会

先に私は、鈍翁益田孝を「美術館を残さなかった方」として分類し、
そのコレクションは散逸したものと考えていました。
しかし、その理解を訂正しなければいけないのかもしれません。

財団法人大師会のホームページを拝見することにします。

団体名ではなく、茶会としての「大師会」は、益田鈍翁によって、
明治29年(1896)3月21日(大師の縁日)に催されたということです。
弘法大師筆『崔子玉座右銘』を入手した鈍翁が、披露のために開いた
茶会で、会の名称もそこが由来ですね。

ただし、「当法人が所有する歴史的文化財」の内容が明記されてない
ので、鈍翁コレクションのどれ程を受け継いだか今の私にはわからず、
判断保留です。




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by tamon1765 | 2012-08-06 06:45 | 近代の茶人 | Trackback | Comments(0)

大学時代に茶の稽古を

大久保喬樹訳「茶の本」の解説部分を開きましたが、
興味深い記述を目にしました。

 大学時代、天心は琴、南画、漢詩、茶など伝統日本文化
の稽古にも励み、後年の基礎となる教養を身につけても
いる。(p183)


というもので、ただ単にお茶に接したのではなく、はっきり
「稽古」という言葉を使っています。
 先生は、やはり、江戸千家でしょうか?
 
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by tamon1765 | 2012-08-05 06:26 | 天心岡倉覚三さん | Trackback | Comments(0)

気ま~まな独り旅


by tamon
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