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真言密教の導入によって、禅を支柱とする茶に
絢爛とした美の奥行が生じたことは、否定する ことの出来ない事実であります。 以上、鈍翁を中心とした近代数寄者について の、藤井喜三郎氏の言葉です。 具体的には、平安期(さらにはそれ以前)の 美術品を茶に持ち込んだことをいうのでしょう。 戸田勝久氏の文章からの孫引きです。
1.此道、第一悪ろき事は、心の我慢我執也。
2.巧者 をば、そねみ 初心の者をば□見下す事、一段もつたい無き事共也。 3. 巧者には 近づきて一言をも嘆き、 又、初心の者をば、いかにもそだつべき事也。 4.此道の一大事は、和漢の境を紛らかす事、肝要肝要、用心有るべき事也。 5.又、当時、冷え枯るると申て、初心の人体が備前物・信楽物などを持ちて、 人も許さぬたけくらむ事、 言語道断也。 6.枯るると云事は、良き道具を持ち、 その味わひをよく知りて、 心の下地によりてたけくらみて、 後まで冷へ痩せてこそ 面白くあるべき也。 7.又、さはあれ共、一向叶わぬ人体は、道具にはからかふべからず候也。 8.いか様のてとり風情にても、嘆く所、肝要にて候。 9.ただ我慢我執が悪き事にて候。 10.又は、我慢もなくてもならぬ道也。銘道にいわく 「心の師とはなれ、心を師とせざれ」 と古人も云われし也。 < 前のページ次のページ >
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