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棗の起源

田中仙翁の書かれているものを眺めていたら、私にとっての、
新たな情報が。曰く
   棗は薄茶器の代表的なものである。茶入の挽家を転用した
   とするが通説であろう。

というのである。
棗の起源が、挽家であったとは!
それも通説!
はじめて聞きました。
亡くなられた宗哲(中村弘子)さんのご本をめくると、
棗は珠光時代に奈良の塗師羽田(ハネダ)五郎によって創始
されたとあり、挽家という記述は無いようです。
しかし、別なところで見つけた話しでは、、藪内竹心さんの
「源流茶話」に、
   棗は小壷の挽家、中次はかたつきのひき家より見たて
   られ候

とあるそうです。これから原典にあたってみようと思います。
あの棗の形がストレートに、薬入れや化粧品入れになったの
ではないか(そしてそれが、お茶の世界に転用された)と
わたしは思っていましたが、そうでもないようで、
これからの調査が楽しみです。
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by tamon1765 | 2009-05-19 06:31 | お道具とお茶室 | Trackback | Comments(5)

立ち火箸

長板皆具のお点前です。
「立ち火箸座り火箸」とのことで、火箸を扱うよう習っていますが、
どうもスッキリしない事があります。
逆に、そう言う引っ掛かりがあることで、何年かぶりにお点前さんの
席に座っても、アアそうだったと思い出すわけなのですけど。
それは、お仕舞い時に、拝見の挨拶を受けて、お茶碗を屏風横へ
仮置きします。お茶器を出した後、建水で帰るわけですが、
立ち火箸ということで、火箸を杓立へ戻し荘りますね。
引っ掛かりを感じるのは、この時です。
どうもお茶碗に触れて傷つけやしないか、ということなのです。
危険を避ける、物を傷めない、その可能性を下げる方向性との逆を
感じてしまいます。
尤も唐物など、持ち替えなど危うい気もしますし、昔、先生へ
そのことを申し上げると、「そこで全く危険にならない人のみが(唐物を)
やることを許されるということなのでしょうね」という意味合いのことを
仰られた記憶が有ります。
逆に言うと、持替えが危ういお点前をしているような人は唐物をしては
いけないということであり、その伝でいくと、長板皆具で火箸を
お茶碗に当てて傷つけるようなレベルの者は、そもそもこのお点前を
やってはいけない、ということになります。
皆さんはどうお考えでしょうか。
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by tamon1765 | 2009-05-16 15:30 | お点前 | Trackback | Comments(3)

「沸騰!闘茶バブル」?

世に疎い私は、最近テレビ番組表を見ても、
番組内容が全く想像できなくて困っている。
勢い見る番組も少なくなっている。

例えば、下に引用した今夜の番組も、
知識番組?、ドラマ?、コント番組?
理解できない。
オソラク見ないだろうが。

苦情を一言言うならば、
サブカルチャー化したNHKは嘆かわしい。

*****************
タイムスクープハンター

5月13日(水)00:10~00:40 / NHK

沸騰!闘茶バブル▽室町時代の華

解説
タイムスクープハンター◇今回の取材対象者は、室町時代に
一大ブームなった「闘茶」に興じた人々。足利幕府が天下を
治めていた15世紀ごろ、茶を飲み分けて勝敗を競う茶会「闘茶」
が頻繁に行われていた。当時、茶といえば抹茶のことで、
人々はその産地を飲み比べて味覚と臭覚を競い合った。
人々を魅了したのは勝敗に金品を賭けたから。貴重な陶磁器や
高価なよろいなど、ありとあらゆるものを賭けていたという。
守護職の平井大膳胤成も闘茶に魅せられた一人。連戦連勝の
彼は次々と財を手に入れ”闘茶のお大尽”として有名だった。
一方、評定所に勤める下級武士の片山三郎も抜きんでた才能で
他者を圧倒していた。ある日、胤成は三郎と闘茶で決着を付け
ようと茶会の招待状を送る。
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by tamon1765 | 2009-05-12 22:06 | Trackback | Comments(0)

高崎の水琴亭

先に、ご縁あって、高崎の水琴亭を見学して来ました。

訪問するまで、私の好きな、仰木魯堂さんと藤井喜三郎さん
の関わったものとは知りませんでした。
新緑の、既にうっそうとしたこの庭は、別世界の趣であり、
その中から去ることがためらわれます。

庭園内には、水琴亭、而生庵、月見台、艸居庵と、
建物が木立の中に静かに隠れています。
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ところで、藤井喜三郎さんの著作は『艸居庵記』ではないか!
と気が付きました。
とすると、艸居庵こそ藤井さんの代表作でしょうか。
残念ながら、こちらは中へいることは出来ませんでしたが、
またいつの日か訪問する楽しみが出来ました。
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久々に『艸居庵記』を開いて、魯堂さん藤井さんを偲ぼうと思います。


<追記>高崎と書きましたが、正しくは、群馬県吉井町とのことです。
      写真は、HPから引用させていただきました。
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by tamon1765 | 2009-05-11 12:42 | 近代の茶人 | Trackback | Comments(2)

気ま~まな独り旅


by tamon
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