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冬の夜深き松風の音

色々の花も紅葉も
さもあらばあれ
冬の夜深き松風の音
         式子内親王


美しい様々な花もあろう、
目にも鮮やかな紅葉もあろう。
そのように美しくあるのならば、
それはそれで素晴らしい。
どうぞそのままでいて欲しい。
しかしながら、私の心に深く刻まれるものは、
今この冬の、夜の漆黒の闇の中、深いしじま
の中で聞こえてくる、松の林を揺らす風の音だ。
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by tamon1765 | 2008-12-28 09:53 | ことば | Trackback | Comments(0)

近衛文麿による東条暗殺計画

直木孝次郎「わたしの法隆寺」に対する上原和による
書評を目にしたが、驚くべきことが書いてあった。

作家の山本有三は、近衛文麿と親しかった。
戦時中、近衛は政局打開のために、時の総理大臣
東条英機暗殺の決意を山本に漏らしたという。
そして、言った言葉が、

「ご先祖は暗殺のご開山みたいなもんですからね。」

勿論、東條を蘇我馬子に擬えているわけだが、
コメントからは、ちょっと人間離れした感覚のお公家
さんだ。
しかし、暗殺計画を考えること自体なんとも切迫した
気持ちが伝わってくる。

以上、戦後、直木が山本を談山神社へ案内した
際に山本から聞いた話しだ。
大量殺人行為である戦争を止めさせるために、
殺人を犯すと言う矛盾。
しかし、何をどうすればよかったのか、私には
計り知れない世界ではある。
人間は矛盾の塊ではあるのだが……
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by tamon1765 | 2008-12-21 13:22 | Trackback | Comments(1)

転調

普段とは毛色の違った話から

ある日、木枯らしの道を歩いていたら、突然ビラ・ロボス
の「ブラジル風バッハ」の音楽が頭の中に蘇った。
もう何年も聞いていない音楽が何故、突然?
(昔好きで繰り返し聞いたが、今はそのテープを探す元気
も余裕もない)
これは、外部からのBGMで、バッハの管弦楽組曲を聞かさ
れたからなのか。。。。。。
そして、この1週間、何かとこの曲が頭の中を駆け巡る。
それはさておき、この曲の転調の瞬間がなんとも言えず
気持ちよく、好きだ。
そして、圧倒的なフィナーレ。
(たしか、その2番だったと思う。)

さて、転調と言うと、ミニマル音楽(いま、その現状に
疎いのだが)のグラスやライヒの音楽も同様だ。
転調の瞬間が、私にはこの上もなく快い。
そういえば、ライヒはプリセツカヤと同時に世界文化賞を
受賞していたのだった。

そして、これだけ私にとって快い「転調」というものが、
人間のしぐさや動作の中で見出せ感じられるとしたら
それは快い瞬間であろう。

察しの良い方は、既にお気づきかと思われるが、
お茶のお点前の中で転調の瞬間はあるのか、もしあると
したらどこなのか、
ということを考えたいと思った。
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by tamon1765 | 2008-12-18 23:56 | お点前 | Trackback | Comments(0)

風雲児“AUN”

友人「アウン」の演奏会、CDの宣伝です。

チラシを見ると、
和楽器界の風雲児“AUN”
とあります。

いやー、いいなあ、風雲児ですよ、風・雲・児・!。


AUN Jクラシック・オーケストラ ファースト・ライブ
2009.1.10(土) 開場18:30 開演19:30
六本木STB139スイートベイジル

CDは、 「和楽器でジブリ。」
(一部試聴できます)

どうぞ、ご贔屓にしてあげてください。
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by tamon1765 | 2008-12-16 20:58 | 舞台の話 | Trackback | Comments(2)

自然と趣向

一つ前の書き込みに対し、たろうさんから頂いたコメント
から考えたことが、大切なことと思うので記事にします。

鳥尾得庵居士のいう、「茶の湯における、野趣」という
ことについてですが、なかなか魅力的な言葉であります。

私は、「人工でない自然、作為のなさ、そして、そこに
見出せるもの」、そんなものをぼんやり思っていました。
もっと言うと、それは必ずしも美に限らず、例えば、
芒の寒々しい景色やら、もっと自然から受けるすべての
印象のようなものを思い浮かべていました。
でも、たろうさんに、「自然の美」とスパッと決めて貰って
スッキリしました。
私の言う「自然から受けるすべての印象」といっても、
まさに、美のことなのでしょう。

さて、これは、深い問題を内包すると思います。
「趣向」ということがお茶事で言われもしますが、
道具の所持も無く、そんなテーマ毎に何かをやることも
出来ず、いつも同じ道具でいいじゃないか、と考える私は、
必要なのは「趣向」じゃない、「自然」だと、言いたく
なるわけです。
実際、主題は有っていいのは当然ですが、余りに凝った
道具立ての茶会記を目にすると作為を感じ過ぎて、私の
求めるものと違うなと感じるわけです。また、金持ちの
大騒ぎの会など。

このように、自然を重んじるというと、では「自然とは
何か」という冒頭の設問に堂々巡りして戻ってしまう
わけですね。
そして、なぜ「自然が必要なのか」
「野趣と自然と、敢えて文言が違うのは何故」
と言う具合に。


<20.12.20追記>
表千家の而妙斎宗匠の言葉を引用しておきます。
「水の流れるように」
<20.12.25追記>
里見弴の言葉から 「我儘から本当の生活が芽をふく
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by tamon1765 | 2008-12-16 12:56 | ことば | Trackback | Comments(4)

鳥尾得庵

鳥尾得庵居士と言えば、大日本茶道学会の
創始者のひとりであるが、その茶道規範と
して、「茶の湯の四事」を定めているという。
曰く、「清潔、閑雅、野趣、風韻」。

野趣というのが面白い。
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by tamon1765 | 2008-12-14 01:00 | 近代の茶人 | Trackback | Comments(3)

訂正記事

とんだ間違いをしてしまいました。
内容を、全く逆に書いてしまったのです。
読んでいただいた方にお詫びし、訂正させていただきます。
先に書いた記事「腰の服紗」そのものも直しましたが、
以下のとおりです。

〔訂正前=誤り〕
服紗の今の大きさは、利休さんの後妻の宗恩さんが作っ
たものによる(それ以前より小ぶりにし、それを利休さん
が気に入った)ように記憶している

〔訂正後=正しい〕
服紗の今の大きさは、利休さんの後妻の宗恩さんが作っ
たものによる(それ以前より大きくし、それを利休さん
が気に入った)ように記憶している

そしてこの出典は、江岑夏書です。
一体私は何を見ていたのやら。
お恥ずかしい限りです。失礼しました。
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by tamon1765 | 2008-12-13 18:48 | お点前 | Trackback | Comments(0)

宗旦書状 「露地柚百なり」

宗旦さんの書状の写真を昨晩から眺めているが、
やっぱり読めない。ただ、笑うだけ。
(年月日不詳 宗左・玄室宛)
偶々、現代口語訳の大意があるので字は幾つか
拾えたが、殆ど闇の中。

1  露地柚百なり候
2  二畳○○○茶湯なし
3  四畳半○○客時耳
4  紹鴎のふくろ棚を
5  紹鴎なつめを
6  志ゆ光茶杓を
7  うりのかなつり
8  てふく辺○大なるを
9  て○○。。。。
10  ゐ○○。。。。
最後の2行は全くのお手上げ

これは、表千家の雑誌 「同門」10月号 に掲載されている。
表千家北山会館にて 「三百五十年遠忌 元伯宗旦展」
が開催とあるので、おかしいなあと思って見直したら、
昨年の10月号(22頁)であった(苦笑)。

字の読める方、「不審庵伝来 元伯宗旦文書」 をお持ち
の方に教えて欲しい。
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by tamon1765 | 2008-12-13 11:01 | 宗旦さん | Trackback | Comments(0)

「白雪」と「淡雪」

冷泉さんの話

冬の雪は「白雪」
立春からの雪は「淡雪」

勿論、京の雪のお話しでしょうが。
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by tamon1765 | 2008-12-13 08:38 | Trackback | Comments(0)

伝授物は

伝授物は、初学者がともすれば複雑なものを
知りたがり、基礎的な明快な知識を有しないで
結局すべてに亘り甚だ漠然たる知識に終わって、
実際に当り何ら役に立たないのを防ぐ為の方法
としては、最も適当な制度である。


千宗守「お茶のお稽古」富書店、昭和22年
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by tamon1765 | 2008-12-12 23:21 | ことば | Trackback | Comments(9)

気ま~まな独り旅


by tamon
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