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陰陽五行説で説明すること


今日、フトあることに気づいた。
陰陽五行説は、これは中国古代からの思想であろう。
仏教はインドのゴータマ・シッダールタの教え。
この二つは、いかなる関係なりや。

私は、お茶のお点前を、陰陽五行説で説明するのが、どちらか
というと好きではない。
どうもこじつけのような気がし、そのことにどれだけの意味が
あるのかなあと、分からないながら感じているからだ。
そして、茶の点前を創ってきた先人たちも、陰陽五行説を
一々意識したのか、疑問に思っている。
それ程当時、影響力の有る考え方だったのだろうか。

勿論、二項対立は人間誰でも感じることであり、陰と陽などと
言葉に改めて言われなくたって、分かっている。小学生だって、
「男子は・・・」「女子は」と区分けしてものを言う。
その程度のものとさえ思っている。

さて、所謂茶の道が禅宗に深く負っているものならば、
そして、茶の道が陰陽五行説で説明できるものならば、
禅宗は陰陽五行説を取り込んでいなければいけないことになろう。
果たしてどうなのだろう。
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by tamon1765 | 2008-01-27 20:52 | 雑談 | Trackback | Comments(2)

宗旦好みの歌

宗旦好みとして、「春は花」という和歌が
あるそうだ。

春は花とみな人ごとに昔よりいへどもわれは茶の目うれしき

とあった。
茶の目ってなんだろうと思わずつっかえてしまった。
茶の芽のことかなと思いながら、
その横に有馬有底老師の書があり、見ていくと、茶のミと
あるようだ。
茶味三首として、紹鷗「見渡せば」利休「花をのみ」と
並べて掲載されているが、歌としては大分落ちるようだ。

以上、某雑誌(テキスト)2006年2月の広告ページに、
ある表具屋の宣伝でのカラー掲載で、目にした。

宗旦さんがこの歌を好まれたという出典を知りたいと思った。
ご存知の方、お願いします。
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by tamon1765 | 2008-01-27 15:34 | 宗旦さん | Trackback | Comments(1)

銘 「笹葉」

牙の茶匙を竹に写したと言われる、銘 「笹葉」。
これを、池田瓢阿氏は足利義政作と言い、
西山松之助先生は珠光作としています。
まさか義政公が作ったとも、私には思われませんが、
どうなのでしょうか。
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とりあえず、写真は写しのつもりの拙作です。
但し、切止めをやり終えてないので、写真では
ごまかしています。
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by tamon1765 | 2008-01-21 23:43 | 茶杓 | Trackback | Comments(7)

利休さんの書


利休さんに、鳴海という祐筆がいたことは、
江岑夏書にあるとおりです。

村井康彦先生も『千利休』(日本放送協会)の冒頭で、
「なるミじいのこと---序にかえて---」と述べて
おられます。

さて、小松茂美『小筆の窓』をみると、
村井先生の本に触発されて(但し、書誌的には記述にミスがある
ようです)、研究を開始した氏が、まとめた結果が
  利休の手紙といわれる、366通のうち、手の違うものが、
  6種類あり(つまり、鳴海ひとりではない)、仮に6分類に 
  分けると、それぞれ、34、5、1、1、1、1の43通がある。
というから興味深いです。
まだまだ、秘蔵されていた所謂利休さんの書の発見があるかも
しれません。
実際、この文章「利休筆 額土代「妙」一字」でも、上の
366通の調査の後、不昧公の雲州松平家伝来の「妙」一字が
見つかったというのだから、嬉しいです。

私は、小松氏の本も、桑田忠親氏のものも、古本屋で見かけ
ても、箱から出すことさえ憚かってきましたが、今後は、
図書館ででも探すようにしてみようと思います。
いずれにせよ、今後の研究が楽しみです。

<20.1.21> 利休筆「妙」一字は、『利休の道統』平成2年、
野村文華財団にカラー写真あり。
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by tamon1765 | 2008-01-13 23:59 | 利休さん | Trackback | Comments(4)

竹を如何にして曲げるか


茶道筌諦に、

元伯巳上は湯ダメなり。元伯巳後は火タメなり。

と「巻之五茶杓之弁」にありました。
私にとっては、嬉しい新情報です。
宗旦さん、いろいろなことを試されたようですね。
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by tamon1765 | 2008-01-13 09:29 | 茶杓 | Trackback | Comments(3)

マクワ瓜を、手を使わずに渡す

大燈国師宗峰妙超(そうほうみょうちょう)さんの逸話を
探しているですが、見つかりません。
その逸話とは、 ...これは、その伝説は、と言い換えても
いいのかも知れません。

曰く(と言っても、私のうろ覚えのお話し)、
無一物を心に清貧を求めた宗峰妙超和尚さんは、教団をも寺をも捨て、
鴨川四條河原の乞食の群れに身を投じた。投じたと書くと何か決意がある
ようだが、凡夫が、思うに本人には極々自然な流れであったのだろう。
この僧の教えを求め探された花園法王(?でしょうか)は、役人に命じ、
乞食の群れの中から見つけ出そうとされた。

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by tamon1765 | 2008-01-09 22:59 | 雑談 | Trackback | Comments(0)

偕老同穴

お正月に、とある小説で、「偕老同穴」との言葉を目にし、懐かしく思い出
したことを書く。
ご存知のように、死んでも同じ穴に葬られることを意味し、夫婦が最後まで
添い遂げることであり、それだけ二人の契りの固いこと、である。
今辞書を引くと、「カイロウドウケツ科に属する海綿動物の総称」とあり、
形は糸瓜に似た細長い円筒形で、3~80cm。体は、網の目状をなし、体の内部
に広い胃腔がある、そうだ。
そして、この胃腔の中に、雌雄一対のドウケツエビが棲む、と。
カイメンの胃腔内にあるエビが、生きては共に老い、死しては共に葬られる
ということだ。

さて、この言葉、この意味を聞いても全くピンとこなかった私だったが、
10年位前に、お茶の社中で研修旅行と称して、広島・宮島に旅行した際に、
宮島の宝物殿で、乾燥した標本であったが、この網の目状になったカイメンの
中の一対の海老を見たのだ。
感動した。
昔風の木箱の上面にガラスの張った展示で、入り口からは行ってすぐの右手に
あった。
いいものだ。
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by tamon1765 | 2008-01-06 22:37 | ことば | Trackback | Comments(0)

「三柱鳥居」と「三輪鳥居」

昨日は、お江戸は向島の三囲様をお参りしてまいりました。
何よりも驚いたのが「三柱鳥居」を見出したことです。
お社の裏手にあり、三井さんの寄進とのことでした。
説明にも、太秦の蚕ノ社のものを写したような旨がありました。
と伝聞で書いているのも、説明書をちゃんと写してこなかった
からなのです(今年のサボり初め)
とにかくワクワクする興奮を覚えました。
こちらには、数え切れないほどの碑が建っており、
江戸文人墨客の集まる場所なのですね。
ここは何時間居ても飽きないといいますか、何時間あっても
足りないです。
上手く出来ましたら、後日、写真を載せたいと思います。
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もう一つ面白く思ったのが、牛島神社です。
日没近くで暗闇のなかで拍手をうってきたのですが、
こちらの鳥居は「三輪鳥居」なのですね。
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図らずも、新年早々、珍しいものを二つも見せていただき
大満足の日でした。 ...
但し、歩きづめで体がやや辛いです。


[追記] どこが、「上手く出来ましたら」でしょうか。。。。、ですね。
     但し、記録のため写真を掲載しておきます。
     三輪鳥居は、立ち上がってパソコン画面の上から見ると、
     かすかに何かが見える程度で、お恥ずかしいです。
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by tamon1765 | 2008-01-06 14:14 | Trackback | Comments(0)

今年もよろしく

謹賀新年
本年もよろしくお願いいたします。
旧年中は、当ブログにお寄り頂きまして
ありがとうございました。

当ブログは、あくまで、半可通による
要らざる講釈なので、明らかな事実誤認、
不合理、不都合、考え方として真っ当で
ないものを感じましたら、
ご指摘くださいますよう、
伏してお願いいたします。

平成弐拾年戊子 正月六日
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by tamon1765 | 2008-01-06 13:01 | Trackback | Comments(2)

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by tamon1765
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