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銀葉挟みで


且坐の道具、と言ってもその一部(であり、且つ
私の見立て)を出して、三客の真似事をしてみた。

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香木は、鎌倉建長寺さんから頂いた白檀
銘「巨福」(建長寺さんは、巨福山)を使った。

香炉のなかは、聞き筋、銀葉、香木の位置関係を
垂直平行にしたくとも、指先がなかなか言うことを
聞いてくれぬ。(写真は、ご愛嬌)
香木の木目と、桑の香盆の木目に連続性が見出せ
たら、結構である。(今、香盆なし)
逆に言うと、頂上の作り方が下手ということになる。
さらに、灰にも問題がある。
ところで、銀葉は、右端を挟むことになっている。
頂は確か左を微妙に下げるように教わった気が
するが、そうすると、確かに銀葉を置き易くなる。
複数の本をひっくり返してみたが、そのような教え
は文字の上では見出せない。
私の思い過ごしか。

まだまだ、これから、だ。

<19.1125追記>
一部書き加え。
また、写真が光の加減か、可笑しい。
重香合が根来のようであり、銀葉挟みの取っ手が鼈甲
のように見えるが、どちらもなんでもないものです。
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by tamon1765 | 2007-11-24 16:22 | お点前 | Trackback | Comments(1)

井伊直弼の書

古本屋で、井伊文子さんの随筆集「ひとすじの道」
を目にし、ちょっと立ち読み。
この方、琉球王国尚氏の王女様だったのだ。
そして、彦根藩の井伊氏にお輿入れした。

懐かしく思って、井伊直弼の『茶湯一会集』を開いてみた。
この本は、昭和50年発行、発行所が井伊家資料保存会、
編集者がこの文子さん。
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文章を読むより、直弼の書いたその字、筆の運び、配置を
眺めているのが面白い。あの大老直弼が書いたかと思うと、
何とも不思議な感覚に襲われる。
冒頭にある有名な一期一会も、初めの一は肉太に短く、
二度目の一は筆勢が早く細い、止めはしっかりしているものの、
次の会への一画目への連続性がある。
二行あとの一世一度になると、二度目の一の字は瀟洒でさえ
ある。
見ながら、字の太い細い、早い遅い、勢い、それを右の
人差し指でなぞってゆく。
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日溜まりのなか、のんびりこんなことが出来て幸せだ。
至福の時間である。
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by tamon1765 | 2007-11-23 11:32 | | Trackback | Comments(8)

訶梨勒

先日、久しぶりに銀座へ出たので、鳩居堂へ寄った。
ここでは、二階の文房四宝を見るのが楽しみである。
そして、奥のショウウィンドウに暫し見とれた。
そこにあったのは、

★訶梨勒(カリロク)

もうそんな季節(お正月)なのか、と思いながら、
「で、この正体って一体何だっけ? まあ、おめでたい
ものなのだろうけど」といった程度の理解なので、
解説をよく読んできた。

本当はインドの喬木の名。果実は、薬用で、水毒を解く
という。そんなことからか、邪気払いになるそうだ。
その乾果や、その形をかたどった象牙・銅・石の摸製
を柱飾りにした。

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家に帰って、辞書を引いて漸く納得。
後世は、錦の袋に(その果を)入れて、色緒で飾って、
茶席に床柱にかけた、とある。
つまり、今私が見ているのは、中身があるかは知らぬ、
しかしその邪気払いになる訶梨勒の実が入っているで
あろう飾り袋をそれに見立てて楽しんでいるのだ。
東山山荘の柱飾りにされたと言うので、同仁斉の
あの柱に掛けられたのか、と想像するのも楽しい。

そして、
★伽羅
これが又程の良い、中国水墨画の景色を思わせる
ような木の塊なのだが、210gで210万円。
つまり、1g1万円。

★沈香
740g592万円、ということは、1g8000円。

どちらも、全くご縁のないもので、笑ってしまった。
それにしても、一緒に置いておいて香りが混ざって
しまわないのかしら。



<24.10.30追記>訶梨勒の写真追加
この写真が、鳩居堂に飾られていたものではありません。
この写真、以前にネットでとったものです。出典分からずです。
著作権違反ならぬことを祈るばかりです。

<20.2.11追記>
森田文康氏によると、今昔物語巻第二、二十に、訶梨勒を
服して「頭の病癒ぬ」との例があり、また、正倉院文書天平宝字
五年にも記述があるという。
754年鑑真和上来朝、天平宝字五年は761年。和上が将来したと
いう伝承も頷ける。

<20.6.16追記>
西村享氏によると、
五月五日の節句以前に、薬狩り---この狩りは紅葉狩り、桜狩り、
あやめ狩りなどと同じである---を行う。
そして、あやめやよもぎを入れ添えた薬玉(くすだま)を作る。
これらの強い香りが邪気を払うと考えられた。菖蒲湯、あやめ
を軒に葺くこと、あやめ蔓、あやめの挿櫛、葵祭りにおける
あやめの使われ方、皆同じものと考えられる。
この薬玉は糸所(縫殿の別所)で作られ、宮中の貴人の居処
近くに下げられた。
なかは麝香や沈香など、香料である。
枕草子37段、78段参照。
訶梨勒も、以上の流れの中にあるものであろう。
端午の節句のものが、何時しか歳旦ものになったのであろう。
その変化は、今後の課題である。
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by tamon1765 | 2007-11-18 13:10 | お道具とお茶室 | Trackback | Comments(2)

伽藍

香合などで、伽藍と呼ばれる造型がある。
伽藍といえば、直接的には、寺院の建物配置を一般に言う。
しかし、お茶の世界では、柱を支える礎石によって、そのお寺の建物・
その構成・全景を、ひいては仏様の御心を表しているのであろう。


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これは信濃の国、善光寺さんの伽藍である。
確か、昭和30年代の松代群発地震でずれたものと聞いたような記憶がある。
柱が曲がっていて、大丈夫かしらと、心配される向きもあると思うが、ご安心を。
この柱の上にしっかりと国宝の本堂がお立ちになっている。
有り難いものである。

なお、礎石は飛石にも使い、伽藍石と呼ぶ。
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by tamon1765 | 2007-11-10 08:19 | お道具とお茶室 | Trackback | Comments(2)

『 茶事の心得 』 から

尊敬する先生のお祝いの茶事が近い。
所謂お茶会に余り馴染めず遠ざかっていたが、行かねばならぬ。
お稽古もずっとご無沙汰していたので、水屋担当のつもり。
しかし、お運びで表にも出なければならないという。
しょうことなく、『 茶事の心得 』 堀内宗完宗匠著を開く。

茶の湯は水入らずの世界であります。
そこには第三者というものがないのであります。
すなわち観客というものがないのであります。
ただ、主客の間に生滅するのみでありますから、
本来「痕跡を止めず」ということであります。
評価もないのであります。


やっぱり、堀内宗匠はイイなあ。
この何行かで、宗匠の席に連なっているような気がしてくる。
昔、建仁時の四頭に伺った際だったと思うが、塔頭の一つに
宗匠が掛釜をされて、その際に、生まれて初めて一生のうちで
最初で最後、宗匠と直接言葉を交わした。
私の小さな自慢だ。いつも写真などで存じ上げている仏様の
ような方、そのものだった。

ところで、この本の次の一節が意外な展開だ。

茶道は芸能であると理解する人もありますが、これは
見所が浅いのであります。


私も芸能の一種というか、その括りに入れるとする考えであり、
それを「浅い」と言い放った宗匠に僅かな驚きを覚える。
この本は、昭和62年というので、約20年前だ。
若気を感じる歳ではない。なにか、当時、芸能説に対して
熱く心動かされる何かがあったのだろうか。

そして、猶、意外な展開に。

わたしはむしろ茶の湯はスポーツに近いと考えています。

スポーツといわれると驚いてしまうが、説明を読むと心に
響いてくる

緊張ののちにくる解脱同身の快味が、茶の湯の真髄である
と考えられます。


長生きして欲しいです。
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by tamon1765 | 2007-11-02 23:58 | お点前 | Trackback | Comments(0)

気ま~まな独り旅


by tamon1765
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