カテゴリ:ことば( 62 )

多岐亡羊

 こんな言葉を知りました。 「多岐亡羊」

意味は、学問の道が多岐に 分かれ脇道にそれやすいことから
真理に至る困難さ、或いは、迷って思案に暮れることだそうです。
(列子)
 また、荘子にも、似た話があるといいます。(私は孫引きです)
羊番をいいつかった下男2人が、羊に逃げられてしまった。
主人が叱ると、ひとりは本を読むのに夢中だった、
ひとりはさいころ遊びに没頭していた、と。
2人の行為は天と地の開きがあるが、目的を忘れた点は同じだ。
よって、教訓として、「真の目的を失うな」と言うことのようです。

 亡羊といえば、三宅亡羊は、宗旦四天王のひとりとも言われて
います。
他の3人は確定しているが、残る一つの席を争う人です。
この亡羊という名は、きっと、ここから取ったのでしょう。
儒者で宗旦に儒学を教え、宗旦から茶を習ったと言いますから、
中国古典はお手の物でしょう (儒学者なのに、老荘の「荘子」と
いうことがやや気に掛かりますが)。

ところで、上の荘子の話、一応、読書家の下男は、どんな本を読
んでいたのかな。意外と、「荘子」を読んでいたのでは、と下らな
いことを考え、ひとりほくそ笑みました。(アナクロか。)
いや、蛇足でした。
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by tamon1765 | 2001-09-19 23:44 | ことば | Trackback | Comments(2)

二三斤のみ不申候ては

 最近読んで興味深かった言葉:
「茶の湯は、二十年は続けなけりゃダメだね。
1500グラムの抹茶を飲まなきゃ語れないね。
昔からそう言うよ。
今じゃ、お茶を昨日や今日始めた人がお茶をやっている
ことを自慢しているよ。」

原文は、
「茶の湯は二十年もいたし不申候はならず候、
極めを二三斤のみ不申候てはならぬと古よりは申し候、
今はきのふけふの茶の湯いたしぢまんいたし候」

                         (江岑夏書
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by tamon1765 | 2001-08-26 22:25 | ことば | Trackback | Comments(0)

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