カテゴリ:ことば( 67 )

現代を批判する腰抜け者

立花大亀老師の言葉

 現代を批判する腰抜け者と化す私を自ら
 かえりみて、
 よろしきや否やは言うに及ぶまい。
 古きより現代を見、現代より古きを思い
 新しきを創造せねばなるまい、
 といってへたな創造はかえって
 自己を失うものではあるまいか。


甚だ耳が痛い。
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by tamon1765 | 2006-07-16 21:39 | ことば | Trackback | Comments(0)

又風流

風流ならざる処、又風流

風流などという言葉の対極に生きている私、
この言葉を目にし、大いに気に入った。

一時期、メイル上の名前にしていたほどだ。

しかし、その後大変なことを知って、その名前を
返上した。
なんと、鈴木大拙先生が、又風流庵と名乗って
いたというのである。

返上はしたが、相変わらず、又風流で毎日を
送っている。


<19.5.13追記>
孫引きながら、耶律楚材ヤリツソザイ 『湛然居士
文集タンネンコジモンジュウ』 の言葉で、
  鼻孔僚天無主伴 (僚の字は手偏)
    びこう天をたすけ、主を伴うなし
  不風流処也風流
とあるそうだ。
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by tamon1765 | 2006-03-20 05:17 | ことば | Trackback | Comments(0)

凡そ仏道修行には

凡そ仏道修行には、何の具足も入らぬなり、松風に眠りをさまし、
朗月を友として、独り場門樹下に心をすまさば、いかなる友か入らん

 (明恵上人遺訓)
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by tamon1765 | 2003-04-08 10:03 | ことば | Trackback | Comments(0)

瓢のように

井口海仙の『茶人のことば』を眺めていたら、面白く
味わいのある言葉を見つけました。

大徳寺四百三十五世の大綱和尚の言葉です。
瓢の白画賛に
 『瓢、瓢、
  汝真瓜の位もなく、
  西瓜の暑をはらう徳もなし。
  しかれど気は軽く、中むなしくて無欲なれば、
  仙人も汝を友として、
  酒を入れて腰に携え、あるは駒を出して楽しめり。
  汝瓜の類にいて、庖丁の雌にあはざるは智也。
  鯰を押えてのがさしむるは仁也。
  羽柴公の馬印となりて強敵をくだくは勇也。
  汝、性は善なりというべし。
  うかうかとくらす様でも瓢たんの胸のあたりに
  しめくくりあり。』


但し、最後の一節には笑ってしまいました。私は、今まさに
うかうかと暮らしていて、しめくくりが減りつつあります。
まさか、和尚様が「くびれ」などと仰っていたわけないの
ですけど。やっぱり何かおかしい。

なんだか急に、家にぶら下がっているの瓢箪を急に大事に
する短絡な私ですが、
まあ瓢のように生きることにしよう、と言うことで。
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by tamon1765 | 2002-10-12 10:56 | ことば | Trackback | Comments(1)

丸なる道理

表千家七代目如心斎の言葉(『茶話抄』)

  四角なる物の次第次第に丸なる道理、工夫あるべし

そしてこれについて、久田宗也宗匠は、

  この言葉は、間断のない稽古に私どもをいどませる
 力を持っていた。


と言葉を添えている。
どちらも、素晴らしい言葉ではないか。
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by tamon1765 | 2002-05-14 23:24 | ことば | Trackback | Comments(0)

多岐亡羊

 こんな言葉を知りました。 「多岐亡羊」

意味は、学問の道が多岐に 分かれ脇道にそれやすいことから
真理に至る困難さ、或いは、迷って思案に暮れることだそうです。
(列子)
 また、荘子にも、似た話があるといいます。(私は孫引きです)
羊番をいいつかった下男2人が、羊に逃げられてしまった。
主人が叱ると、ひとりは本を読むのに夢中だった、
ひとりはさいころ遊びに没頭していた、と。
2人の行為は天と地の開きがあるが、目的を忘れた点は同じだ。
よって、教訓として、「真の目的を失うな」と言うことのようです。

 亡羊といえば、三宅亡羊は、宗旦四天王のひとりとも言われて
います。
他の3人は確定しているが、残る一つの席を争う人です。
この亡羊という名は、きっと、ここから取ったのでしょう。
儒者で宗旦に儒学を教え、宗旦から茶を習ったと言いますから、
中国古典はお手の物でしょう (儒学者なのに、老荘の「荘子」と
いうことがやや気に掛かりますが)。

ところで、上の荘子の話、一応、読書家の下男は、どんな本を読
んでいたのかな。意外と、「荘子」を読んでいたのでは、と下らな
いことを考え、ひとりほくそ笑みました。(アナクロか。)
いや、蛇足でした。
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by tamon1765 | 2001-09-19 23:44 | ことば | Trackback | Comments(2)

二三斤のみ不申候ては

 最近読んで興味深かった言葉:
「茶の湯は、二十年は続けなけりゃダメだね。
1500グラムの抹茶を飲まなきゃ語れないね。
昔からそう言うよ。
今じゃ、お茶を昨日や今日始めた人がお茶をやっている
ことを自慢しているよ。」

原文は、
「茶の湯は二十年もいたし不申候はならず候、
極めを二三斤のみ不申候てはならぬと古よりは申し候、
今はきのふけふの茶の湯いたしぢまんいたし候」

                         (江岑夏書
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by tamon1765 | 2001-08-26 22:25 | ことば | Trackback | Comments(0)

気ま~まな独り旅


by tamon
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