カテゴリ:お道具とお茶室( 39 )

透木は見せるもの?隠すもの?


大寄せのお茶会は好きではないので、余程のことが

ない限り、行かない・出ないの方針で今日まで来たが、

久々に関わってみると、

あれっこの道具どう扱うんだっけ?

ということばかりで、「実践を踏まないものに上達は

ない」という痛いしっぺい返しを喰らったなあ、の

思いである。


で、今回初めて、気になったこと、知ったことなど、


書き留めてみたい。


*


*


唐銅鳳凰風炉に富士釜。


*


透き木である。


で、据えてみろ、と言われると、さてどうしたものやら。


透き木を見せた方がいいのか、隠した方がいいのか?


但し、隠そうとより内側に置くと、釜を据える瞬間に


誤って火袋の中に落としそうだ。


それも困る。


*


ということで、今更ではあるが、ボンヤリ本をめくって


いると、


結論としては、見えていて構わないようだ。


意外と白木が目立つような気さえする。但し、見せるべき


か否かは分からない。


*


根拠は、


・「表千家茶道十二か月」千宗左(NHK、S60年)の口絵


  写真頁の天然忌、p154158


・「茶の湯歳時記―-風炉編」堀内宗完(主婦と生活社、1985


  p4950


でみられる写真だ。


*





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by tamon1765 | 2015-11-02 20:38 | お道具とお茶室 | Trackback | Comments(0)

小間からの景色

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とある公共施設です。

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by tamon1765 | 2015-10-10 17:27 | お道具とお茶室 | Trackback | Comments(0)

数奇に第一の嗜みは茶壺


「醒酔笑」に興味深い一節を見つけたので、記録

しておく。

茶の湯といふには何が入るものぞやと、数奇には

第一の嗜み、茶壺候よ。さあらば一つ求めたい。


とある。

醒酔笑の作者安楽庵策伝は寛永19年(1642年)の

没なので、この資料のみを重んずるとなると、

徳川初期頃は、茶壺が数奇者にとって最も重要な

お道具だったということになる。

茶壺というと、なにやら、染五郎(現九代目幸四郎)
の黄金の日々
を思い出してしまう。


さて、おいしいお茶の供給を考えた時に、保存容器が
重ん
じられるのは或る意味当然とも思える。丁度、

「お刺身をお客様に出すのに、やっぱり冷蔵庫は

最低限必要だよね」と感じるような感覚で。



余談ながら、「醒酔笑」を眺めていると、どこが笑う

処なのか分からなくて、楽しい話の本のはずが、

考え込んでしまうことが多々ある。

尤も、いまのテレビで見る若いお笑い芸人の何割かの

連中の、「何がおかしいのか理解不可能」状況よりも

マシではあるのだが・・・・・・。



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by tamon1765 | 2015-08-01 00:39 | お道具とお茶室 | Trackback | Comments(1)

五徳への連想

徒然草をめくっていたら、面白い一節を目にした。

それは、平家物語の作者を明示する有名な一節だ。

266段である。曰く

(信濃前司行長、)七徳の舞を二つ忘れたりければ、

五徳の冠者と異名をつきにける


ということだ。

以前、五徳の由来という記事を書いたが、その記事
での話では、"4+1=5”から
五徳となった。
それに対し、この徒然草での話では、”7―2=5”
というわけで、
五徳はマイナスから生じた数という
ことである。

増えるにせよ減るにせよ、落ち着きどころが5と

いう数字であることが興味深い。

陰陽五行説の影響だろうか。

<27.8.5>訂正
<27.11.25>記事「五徳の起源」を追加


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by tamon1765 | 2015-06-08 06:20 | お道具とお茶室 | Trackback | Comments(1)

文茄の茶入

根津美術館の「唐物茶入」(20055月)は、

楽しい本である。「唐物茶入を出来るかぎり

集めました。」(まえがき)というだけあって、

写真が見飽きないし、同種類の比較対象も出来、

便利この上ない。

掌に載せてお点前をしている姿を想像するのも

楽しい。

さて、不勉強なので、文琳と茄子の合いの子の

文茄というカテゴリーがあることを、この本

で知った。

しかし、この本の写真を見ていても、物によって

は、茄子か尻膨か、文琳か肩衝か・・・・・・、

私には判断できないものも多々ある。


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by tamon1765 | 2015-06-01 07:23 | お道具とお茶室 | Trackback | Comments(0)

平蜘蛛釜は伝来した?

稲垣史生「考証風流大名列伝」旺文社文庫
を古本市で手に取ったら、驚きの情報が!

松永久秀が信貴山城落城の際に、我が身とともに爆破させたと
いわれている平蜘蛛釜。
この破壊された釜は偽物で、本物は柳生家に伝えられた、と
いうのです。
とりあえず、メモしておきます。
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by tamon1765 | 2012-12-05 21:10 | お道具とお茶室 | Trackback | Comments(0)

お釜の容量

思ってもみなかった記述に、ハッとさせられました。

この釜のなかに水がどれくらい入るでしょうか。
いや、釜を見たときに湯をどれくらい沸せられるか
という見方をしていらっしゃいますか。
   田中仙堂 『茶道の研究』565号、平成14.12.29
              p4、p20


私にはこの発想はなかったです。
つまり、お釜という道具を道具本来のものとして見て
いなかったということです。
大いに反省です。

早速、自分の持っているお釜にどれだけの水が入り、
どれだけのお湯を用意できるのか、量ってみることに
しようと思います。
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by tamon1765 | 2012-08-18 07:23 | お道具とお茶室 | Trackback | Comments(0)

「鶴の一声」の飾り方

「つるの一声」の飾り方の出典が分かりました。

松屋会記
永禄十年十二月二十六日の条に

飯過ぎて、床に鶴のはし、塗板に、花入れずに水ばかり、
紫銅無紋、高さ一尺程、輪底


とあるそうです。(読み易いよう、平仮名漢字をあてはめました)
「つるのひとこえ」=「鶴のはし」。はし=嘴。
亭主は、46歳の時の利休さん。
お客は、鉢屋紹佐、大和屋正通、松屋久政の3人。

なお、利休所持の「鶴の一声」は、振袖火事(明暦3、1657)に
焼失したといいます。

この意味を、筒井紘一先生、中村修也氏は、水を入れている以上、
「花入れ賞玩ではなく、各自、想像で花を生けるよう、利休が作意
したもの」とみておられます。
とするならば、紹鴎が茶の極意の和歌とした、
  見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮
と一脈通ずるものがあり、単に想像するだけでなく、想像を越えて
目の前に実際には無いという現実(それが侘びなのか?)を受け容
れる心持が必要と思われます。
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by tamon1765 | 2012-02-28 14:54 | お道具とお茶室 | Trackback | Comments(1)

今日庵の起こし絵3

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by tamon1765 | 2011-02-24 05:48 | お道具とお茶室 | Trackback | Comments(0)

今日庵の起こし絵2

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by tamon1765 | 2011-02-24 05:43 | お道具とお茶室 | Trackback | Comments(0)

気ま~まな独り旅


by tamon
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