カテゴリ:雑談( 38 )

大徳寺さんの山号

お寺さんの山号からいろいろとイメージする
ことは楽しいことですが、出典が気になる
ところです。

ところで、大燈国師の語録に
「大徳四海に播(し)き、龍宝一天に満つ」とあり、
そこからの「龍宝山大徳寺」だそうです。
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by tamon1765 | 2008-11-01 10:37 | 雑談 | Trackback | Comments(0)

将軍家と表千家

表千家は紀州徳川家の茶頭となった。
寛永19年(1642)江岑の時だ。
この後、表千家は代々、紀州徳川家の茶頭を務める。

さて、宝永2年(1705)徳川頼方が紀州家当主と成る。
後の八代将軍吉宗である。
この時、頼方23歳。
一方、茶堂は六代目覚々斎28歳。

さて、将軍就任時にの吉宗は、江戸城に表千家家元を
連れて行ったのか。

答えは、おそらく否、なのであろう。
将軍家が表千家に代わったという話は聞かない。
おそらく、石州流のままだったのだろう。
そしてそれ以上に、街角にある茶道史の本を開いても、
江戸の後半の大名のお茶の記述は少ない。
むしろ、家元制度形成などの町人向けに記述がシフトして
いる。大名では、不昧公と一期一会の井伊直弼くらいしか
見られないように思う。

元々、信長・秀吉に比べ、江戸将軍はお茶に関して印象が薄い。
秀吉は言い方が悪いが、茶や能にのぼせ上がったと言って
いいだろう。(ちなみに、今、のぼせ上がるは、逆上せ上がる
と書くことを知った。逆上ですよ、逆上!)
一方、家康は義務的にやっっていたような、お茶に距離を
置いていたような印象がある。

そして、太平の世。
既に、武士は、戦国期に茶に何かを見出そうとした欲求も
ないようだ。やっても只単に、遊興。
あるいは、出世の手立て(鑓権三)。
武士には茶の宗匠から何かを得ようという空気はなくなり、
お茶を扱う単なる茶を給仕する人ということになっていったの
だろう。それが、お茶坊主、お数寄屋坊主。
挙句の果てには、河内山宗俊(宗号を持っている)…….
利休を淀川べりに見送りにいった織部、三斎とは、武士側
の意識に雲泥の差がある。

例えば、覚々斎が吉宗に接する時間が長ければ、
吉宗はもっと教えを請いたいと感じたのだろうか。
江戸へ招聘したのだろうか。

一方、能では、流派を変えた将軍もいる。
この場合の能は、遊興レベルなのだろうか。

疑問は膨らむばかりだ。
思いつくまま、ダラダラと書き連ねたが、いま少し事実を
調べてみる必要があることは間違いない。
以上、昨夜思いつき、不思議に思った事を書いてみた。


<26.5.30>一部文言追加
<20.10.9>一部手直し
<21.6.15>鑓権三のリンク追加
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by tamon1765 | 2008-10-07 12:35 | 雑談 | Trackback | Comments(4)

NHK番組で「抹茶の魅力」

こんな番組があったのか。

ビギン・ジャパノロジー「抹茶の魅力」
9月8日(月)01:15~01:47 / NHK

テレビをつけっぱなしで他のことをやっていたら、
お茶の番組であった。
宇治のお茶の研究所のくだりでは、懐かしい友人
(パソコン通信といっていた時代の頃の話し)も出演。

再放送をチェックしたい。
NHKオンラインとやらに、この番組名を入力して検索
してもヒットしないので、再放送を調べることが出来ず
困っている。

見たものは、私の幻想か?
お分かりの方には、情報をお願いしたい。
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by tamon1765 | 2008-09-08 02:04 | 雑談 | Trackback | Comments(0)

簡単に茶室に模様替え


おのれのお茶室を持つことは、お茶をやる人にとって、ひとつの
夢でしょう。と言っても、私は、とうにその夢を捨てていますけど。
ま、自分の家に、そのときそのときで、区切ってやればいい
ではないか、と言い聞かせて。

ところで、囲いとも言うべき、便利なものが出来たようです。
但し、お値段の程は、関知するところではありません。
どんなものなのだろう、見てみたいなあ。

引用します(もちろん、宣伝ではありません)


         &&&&

<マスミ>組み立て式びょうぶ発売
6月29日12時8分配信 毎日新聞

 内装材販売の「マスミ」(東京都豊島区)は、ビルの一室を
簡単に茶室に模様替えできる組み立て式のびょうぶを発売
している。下地の骨組みには秋田杉、上張りには国産和紙を
使った本格派。組み立て時間は10分ほどしかかからないため、
急なイベントや茶会にも対応できる。
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by tamon1765 | 2008-07-29 08:22 | 雑談 | Trackback | Comments(0)

茶室と音楽


お茶室のなかでは、音は松風のみ。
あとは、障子に隔てられた外の風の音、木々の揺れる音、
雨が板の庇を叩く音。。。。
あるいは、庭の獅子脅しの音。
あるいは、市中ならば物売りの声。
それらで季節や自然を感じるものなのであろう。
余所事浄瑠璃が聞こえるならば、それはそれでいい。
しかし、みづから音楽をかけることは無い。
基本はそれがいいと思う。

風庵さんのお話しで、
竹林の中で鶯の囀りを聞きながらのお茶会と伺って、
標題について考えてみた。
お茶にはどんな音楽があうのかしら、と。

ところで、お茶室に興味のある方は、書院の琵琶台という
ものをご存知と思う。
名前のとおり、琵琶を飾る台だ。
そして、宗旦さんが琵琶の名手で、また、その四天王の
間でも琵琶が流行っていたという。
(確か井口海仙氏の本あたりだったと思うが、その根拠
 は今後、要調査だ)
勿論、そこから、お茶人の弾く楽器は琵琶などという短絡
は戒めなければいけないと思うが、興味は覚える。
琵琶といえば、私には馴染みのない楽器であり、昔の
お茶人の嗜好の広がりや未知の世界を感じさせる。
もっともっと、昔の茶人やお茶を、全体で知りたいと思う。
宗旦さんはこんな話だったと思う。
訪問の約束をしていた普斎が遅くなり、待ちわびた宗旦
さんがお茶室でひとり、琵琶を奏でていた。。。。。

次に、お茶会やお茶事で音楽はありか、という問題。
春の海をテープで流すような大寄せのお茶会は論外として、
やはり音楽の鳴っているお茶会は、私には考えづらい。
多くの音楽を試すことなく断定するのは、一種の思考停止
状態のような気がして好ましくないのかもしれないが、
私には、結構という気がする。

一方、音楽の側に視点をずらすと、茶音頭という楽しい曲が
この世にはある。この一曲とお薄のお点前一回が、丁度
一致するという、というのだ。
私の中では、茶音頭といえば、二代目花柳寿美さんとセットだ。
お茶よりも踊りを見ているほうがずっといい。
こうしてみると、音楽に合うのはやっぱり、踊りかしら。
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by tamon1765 | 2008-07-25 12:35 | 雑談 | Trackback | Comments(8)

麗江、樹齢3200年の茶樹

こんな放送があるという。

日中共同制作・高嶋政伸の遥かなる雲南・秘境の旅
世界遺産・麗江樹齢3200年の茶樹を訪ねて
3月22日(土)19:00~20:55 / BS朝日
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by tamon1765 | 2008-03-21 09:29 | 雑談 | Trackback | Comments(1)

映画 「千羽鶴」から、一人の感情の重みと時間の蓄積の重みと

朝っぱらから、重たくどんよりとしたおかしな気分に
なってしまった。春分なのに。

というのも、テレビをつけると、お茶室が映っている。
登場人物は、平幹と若尾文子だ。相も変わらずキレイ。
で、つい見てしまった。
映画「千羽鶴」。川端康成原作、増村保造監督だった。
川端と言うと、私の中では浅草紅団しか思い浮かばない
程度のご縁の無い人。
一方、増村保造は最も好きだった映画監督。
この映画、初めてだが見ていると息苦しくなってくる。
この息苦しさ感が増村の持ち味で、私とピッタリ来る
処なのだろう。

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by tamon1765 | 2008-03-20 10:40 | 雑談 | Trackback | Comments(0)

陰陽五行説で説明すること


今日、フトあることに気づいた。
陰陽五行説は、これは中国古代からの思想であろう。
仏教はインドのゴータマ・シッダールタの教え。
この二つは、いかなる関係なりや。

私は、お茶のお点前を、陰陽五行説で説明するのが、どちらか
というと好きではない。
どうもこじつけのような気がし、そのことにどれだけの意味が
あるのかなあと、分からないながら感じているからだ。
そして、茶の点前を創ってきた先人たちも、陰陽五行説を
一々意識したのか、疑問に思っている。
それ程当時、影響力の有る考え方だったのだろうか。

勿論、二項対立は人間誰でも感じることであり、陰と陽などと
言葉に改めて言われなくたって、分かっている。小学生だって、
「男子は・・・」「女子は」と区分けしてものを言う。
その程度のものとさえ思っている。

さて、所謂茶の道が禅宗に深く負っているものならば、
そして、茶の道が陰陽五行説で説明できるものならば、
禅宗は陰陽五行説を取り込んでいなければいけないことになろう。
果たしてどうなのだろう。
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by tamon1765 | 2008-01-27 20:52 | 雑談 | Trackback | Comments(2)

マクワ瓜を、手を使わずに渡す

大燈国師宗峰妙超(そうほうみょうちょう)さんの逸話を
探しているですが、見つかりません。
その逸話とは、 ...これは、その伝説は、と言い換えても
いいのかも知れません。

曰く(と言っても、私のうろ覚えのお話し)、
無一物を心に清貧を求めた宗峰妙超和尚さんは、教団をも寺をも捨て、
鴨川四條河原の乞食の群れに身を投じた。投じたと書くと何か決意がある
ようだが、凡夫が、思うに本人には極々自然な流れであったのだろう。
この僧の教えを求め探された花園法王(?でしょうか)は、役人に命じ、
乞食の群れの中から見つけ出そうとされた。

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by tamon1765 | 2008-01-09 22:59 | 雑談 | Trackback | Comments(0)

「苦丁茶」

変な気を起こして、つい
 「 苦丁茶 」 (原産国:ベトナム)
を買ってしまいました。

飲んでみたら、
ン~ン、に、に、苦い。渋い。。。。とも言えますね。
舌が可笑しくなりそうです。
冷やして、焼酎をこれで割ったら体に良さそう?
この世にはまだまだ知らないことばかりです。
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by tamon1765 | 2007-08-25 10:53 | 雑談 | Trackback | Comments(2)

気ま~まな独り旅


by tamon
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