カテゴリ:雑談( 34 )

お茶銘 「ナニナニの昔」

お茶は、ご存知のように、「ナニナニの昔」「ナニナニの白」と
いう銘が多いです。
昔という字の奥ゆかしさもさることながら、分解した「廿一日」
を表すというのが、昔からの言い伝えと聞きます。

しかし、この21日というのが、私には、なにか薄ぼんやりでした。
林屋辰三郎さんが紹介する説は、八十八夜の前後21日ずつをとって、
その間に摘んだ新芽からのお茶に名付けた、というのです。

何でしょうねえ、空の晴れ渡った気分になりませんねえ。
もっと明快な説明をご存知の方はおられませんか。
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by tamon1765 | 2009-08-08 21:43 | 雑談 | Trackback | Comments(3)

禅に対する違和感

体の良い高尚な言説や言葉尻だけ素晴らしい
言いように虚しさを感じることがあります。
そのような時、この発言者は、果たして本当にそう
思っているのだろうか。心の底からそう感じている
のだろうか、と思います。
私は、自分自身が心の底から湧きあがるように
感じたことでないものは、私にとっての真実では
ないと思うようにしているので、世評と大いにずれる
物事が多々あります。
今、テレビのアナウンサーやコメンテイターとやらの
己を高見においたお上品なまとめ方について、
なにやら言うつもりはないです。

自分自身書き留めておきたくなったのは、
著名なO老師の著作をめくっていたら、このように
あったからです。

衆生本来仏なりというのは、決して人間の素朴な、
直接肯定を意味するものではありません。それが、
この身即ち仏なりとなるためには、限りのない無の
深淵を超えなければなりません。つまり現実のこの
欲望的人間を否定しなければなりません。いちどは
どうしてもバラリンズとやらなければいけません。
大死一番して、絶後に蘇るという体験が必要なのです。


何もO氏を否定するつもりもないし、おそらくこの方は
心の底からそう感じ発言しているのでしょう。
但し、残念ながら、言葉としては理解できますが、
愚かな私には感覚的には全く理解不可能です。

大死一番してと言い南泉の猫のように斬られてしまえ
ば、それで終わりです。蘇ることは出来ません。
限りのない無の深淵---もし、そこに至り得ていれば、
おそらく既にこの世にいないのではないでしょうか。
現実の欲望的人間とは即ち自身そのものです。それを
否定することは到底出来ません。
なぜなら、この文言の意味はどういう意味か、もっと
知りたいと思っていることが欲望です。超えるという
意識すら否定しています。論理矛盾そのものです。
以上、すべて言葉遊びに過ぎなくなっています。
だからこそ、不立文字なのだ、と言われるかもしれま
せんけど。

私には、感覚的に違和感のみで何ら響かない話に過ぎない
ということなのかも知れません。
このO氏は縁なき人と思わざるを得ないですし、禅の世界
と遠く隔たった距離を感じるばかりです。
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by tamon1765 | 2009-02-15 22:10 | 雑談 | Trackback | Comments(3)

艶や華やぎの生まれるところ


艶といい華やぎというものは、願望がみたされ、日常的幸せに
憩っているところからは、生まれないのではあるまいか。
艶も華やぎも、悲しみが生み落とす子らであり、家庭的幸福に
自足する心、悲しみを知らぬ心からは、艶も華やぎも生まれ
ないのある。


とは、石丸晶子氏の言葉です。(「式子内親王伝」p272)
先日、山城少掾のことで、艶ということをちょっと考えていた
のですが、この迫力ある言葉には、脱帽ですね。
自分の思いの浅さを感じます。
一方、この方、この本の解説の角田文衛氏ではないですが、
「この著者は、どれほどか恋に悩み、人の世の無常に苦しんだ
人なのかと疑いたくなる」
ほど、鋭く感情を読み解いてくれる。
なかなかの好著であり、ただ者ではないと感じさせられます。
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by tamon1765 | 2009-02-05 06:30 | 雑談 | Trackback | Comments(2)

新年のご挨拶

明けましておめでとうございます。
と、既に七草も済み、今日は初薬師ですか。
実は、年末からインターネット不通となってしまい
この体たらくです。
大変失礼致しました。
まだ復旧の見通しも立っておらず、今現在、余所様の
もとからやっております。

ネットの出来ないもどかしさや喪失感と同時に、
開放感も有りますね。

そんな不思議な感覚を楽しんでいます。
訪問いただいた方、コメントいただいた皆さんには
すみませんです。

簡単に、感じたことをコメントしておきます。

お茶: 趣向は悪くない、ある意味、方向性や主旨の無いもの
   は存在しない。良くないのは作為。自分のなかで
   この二つが混同していたように思う。
お能: 見えないものが見えるようになるには、準備が必要。
  さらに、どれだけ登場人物に、思いを篭められるか。
  能楽師と同じ程度か、それ以上にこちらも研ぎ澄ますこと。
音楽: 静かにそのまま身を任す楽しさ。
石: 止まっているものの動きを楽しむ。
すべて: 心の持ちようで見え方が変わる。
以上




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by tamon1765 | 2009-01-08 20:26 | 雑談 | Trackback | Comments(5)

「京都・茶の湯大百科」

このような放送があるらしい。
楽しみ。

ハイビジョン特集
11月23日(日)19:00~20:50 / NHKハイビジョン
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by tamon1765 | 2008-11-16 08:33 | 雑談 | Trackback | Comments(2)

愛唱歌

11月5日のこと、夕方建物を出たら、既に暗い。
もう6時を過ぎていたのだ。
明るい繁華街だったので星は分からぬが、風が寒く、
木立も寂しげだ。冬の到来を感じた。
私の好きな季節だ。

思わず、「静かな夜更けに」という一節が浮かんできた。
懐かしく口ずさみながら家路にと向かった。

今風の歌は一切聞かないので知らないが、このような歌は
いいなあと、思い出してみた。

「はるかな友に」 作詞・作曲:磯部 俶
  静かな夜更けに いつもいつも
  思い出すのは お前のこと
  お休み 安らかに たどれ 夢路
  お休み 楽しく 今宵もまた
 (この一番しか思い出せなかた)

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by tamon1765 | 2008-11-11 12:53 | 雑談 | Trackback | Comments(6)

大徳寺さんの山号

お寺さんの山号からいろいろとイメージする
ことは楽しいことですが、出典が気になる
ところです。

ところで、大燈国師の語録に
「大徳四海に播(し)き、龍宝一天に満つ」とあり、
そこからの「龍宝山大徳寺」だそうです。
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by tamon1765 | 2008-11-01 10:37 | 雑談 | Trackback | Comments(0)

将軍家と表千家

表千家は紀州徳川家の茶頭となった。
寛永19年(1642)江岑の時だ。
この後、表千家は代々、紀州徳川家の茶頭を務める。

さて、宝永2年(1705)徳川頼方が紀州家当主と成る。
後の八代将軍吉宗である。
この時、頼方23歳。
一方、茶堂は六代目覚々斎28歳。

さて、将軍就任時にの吉宗は、江戸城に表千家家元を
連れて行ったのか。

答えは、おそらく否、なのであろう。
将軍家が表千家に代わったという話は聞かない。
おそらく、石州流のままだったのだろう。
そしてそれ以上に、街角にある茶道史の本を開いても、
江戸の後半の大名のお茶の記述は少ない。
むしろ、家元制度形成などの町人向けに記述がシフトして
いる。大名では、不昧公と一期一会の井伊直弼くらいしか
見られないように思う。

元々、信長・秀吉に比べ、江戸将軍はお茶に関して印象が薄い。
秀吉は言い方が悪いが、茶や能にのぼせ上がったと言って
いいだろう。(ちなみに、今、のぼせ上がるは、逆上せ上がる
と書くことを知った。逆上ですよ、逆上!)
一方、家康は義務的にやっっていたような、お茶に距離を
置いていたような印象がある。

そして、太平の世。
既に、武士は、戦国期に茶に何かを見出そうとした欲求も
ないようだ。やっても只単に、遊興。
あるいは、出世の手立て(鑓権三)。
武士には茶の宗匠から何かを得ようという空気はなくなり、
お茶を扱う単なる茶を給仕する人ということになっていったの
だろう。それが、お茶坊主、お数寄屋坊主。
挙句の果てには、河内山宗俊(宗号を持っている)…….
利休を淀川べりに見送りにいった織部、三斎とは、武士側
の意識に雲泥の差がある。

例えば、覚々斎が吉宗に接する時間が長ければ、
吉宗はもっと教えを請いたいと感じたのだろうか。
江戸へ招聘したのだろうか。

一方、能では、流派を変えた将軍もいる。
この場合の能は、遊興レベルなのだろうか。

疑問は膨らむばかりだ。
思いつくまま、ダラダラと書き連ねたが、いま少し事実を
調べてみる必要があることは間違いない。
以上、昨夜思いつき、不思議に思った事を書いてみた。


<26.5.30>一部文言追加
<20.10.9>一部手直し
<21.6.15>鑓権三のリンク追加
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by tamon1765 | 2008-10-07 12:35 | 雑談 | Trackback | Comments(4)

NHK番組で「抹茶の魅力」

こんな番組があったのか。

ビギン・ジャパノロジー「抹茶の魅力」
9月8日(月)01:15~01:47 / NHK

テレビをつけっぱなしで他のことをやっていたら、
お茶の番組であった。
宇治のお茶の研究所のくだりでは、懐かしい友人
(パソコン通信といっていた時代の頃の話し)も出演。

再放送をチェックしたい。
NHKオンラインとやらに、この番組名を入力して検索
してもヒットしないので、再放送を調べることが出来ず
困っている。

見たものは、私の幻想か?
お分かりの方には、情報をお願いしたい。
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by tamon1765 | 2008-09-08 02:04 | 雑談 | Trackback | Comments(0)

簡単に茶室に模様替え


おのれのお茶室を持つことは、お茶をやる人にとって、ひとつの
夢でしょう。と言っても、私は、とうにその夢を捨てていますけど。
ま、自分の家に、そのときそのときで、区切ってやればいい
ではないか、と言い聞かせて。

ところで、囲いとも言うべき、便利なものが出来たようです。
但し、お値段の程は、関知するところではありません。
どんなものなのだろう、見てみたいなあ。

引用します(もちろん、宣伝ではありません)


         &&&&

<マスミ>組み立て式びょうぶ発売
6月29日12時8分配信 毎日新聞

 内装材販売の「マスミ」(東京都豊島区)は、ビルの一室を
簡単に茶室に模様替えできる組み立て式のびょうぶを発売
している。下地の骨組みには秋田杉、上張りには国産和紙を
使った本格派。組み立て時間は10分ほどしかかからないため、
急なイベントや茶会にも対応できる。
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by tamon1765 | 2008-07-29 08:22 | 雑談 | Trackback | Comments(0)

気ま~まな独り旅


by tamon1765
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