カテゴリ:書( 10 )

天下一の虚堂墨跡

虚堂墨跡が家康から紀伊大納言家へ下されし頃のお話し。

参勤交代により本領の肥後の国へ帰国する細川三斉。
自身では、老齢の為、もう江戸への出仕も難しいであろうと
思っている。
天下の名品を拝見する最期の機会と、紀州家へその披瀝を
お願いする。快く応じる徳川頼宣である。
赤坂喰違の紀州邸での当日、数寄屋へ案内された三斉は
愕然とする。
床の間には、別のお軸が掛かっていたのである。

そこへ、頼宣の使者が参る。その口上は、
先日のお言葉に、ご老年の御身、次の御参府も望まれぬ
によって、虚堂の墨跡御覧になりたいとのことでござい
ましたが、この後とも引続き御参府をお待ちいたせばこそ、
わざと今日はお目にかけるのを差控へたのでござりまする。
この次に御参府の節には、きつとお約束を果たしますが、
しかし、たつての御所望ならば、書院にて御覧に入れよとの
ござりますが……


つまり、「年だからもう出府は無理」なんて仰らずに、
又お元気な姿を見せて欲しい。ずっとお元気であることを
祈っているし、信じていますよ、というお心だ。

話しの続き、三斉はそのまま帰国するのか、所望するのか、
自分にならばどうするか考えてみると、楽しい。


薄田泣菫「艸木蟲魚」(創元選書、昭和21年、6刷)から。
上記の引用はp192。

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by tamon1765 | 2013-01-07 11:39 | | Trackback | Comments(0)

印床

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自作の印床です
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by tamon1765 | 2010-07-07 06:13 | | Trackback | Comments(0)

キュウジュウの硯

ご無沙汰しています。
ずっと悩みの元であったいくつかの課題のうちの二つが
昨日解決の方向へ進み、大きな重荷が取れた気がしました。
祝杯を、と思いながら、
呑み屋ではなく、前から行きたかったお店へ寄ってみました。
信じ難い安売りをしています。
つい、
歙州硯魚子紋
を、衝動買いしてしまいました。
当然呑むのは中止。
直ぐ使いたくて家路を急ぎましたが、
家では、今度は勿体なくて墨をすることが出来ません。
結局、ウイスキーを傾けながら、表面を撫でることで、一晩
終わりました。
至福の時間を過ごしました。


他に、澄泥硯などにも手頃のものがあり、欲しいです。
また買いに行くかもしれないので、店名は公表できません(笑)
知りたい方は、コメント欄へどうぞ、個人的にお教えします。
(私のみ読める機能がありますので、そこへ個人メール等の
 情報を入れてもらえれば、お伝えできますね)
1万円以上の宋杭長方硯(大きいです、13寸?)も2000円
以下でした。書道の先生向けですね。


<24.4.30>追記
記録として。
上記は、吉祥寺のユザワヤ、でした。
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by tamon1765 | 2009-11-25 06:37 | | Trackback | Comments(9)

江戸・東京の茶の湯展

東京、日本橋高島屋
江戸・東京の茶の湯展
10/22(水)~ 11/4(火)
東京の10の家元から道具が出品されそうです。が、
チラシを見ると、美術館からのものばかりですが……
茶入では、茜屋茄子、利休尻膨、利休物相、瀬戸「塩屋」。
茶碗は、瀬戸天目「埋火」、鳥の子手、御本立鶴。
書は、定家「桜ちるの文」、小倉色紙「ももしきや」など。

以上、自分で忘れないための覚えです。
実は、先日某所で招待券を頂いたので。

ところで、チラシの小倉色紙は、
百し起屋布累
き乃支者の忍爾毛
猶阿満りあ留
む可しなり傘る

とよめ、最後の一字が「り」に読めません。
留の「る」に見えますが、チラシをお持ちの方、
如何でしょうか。
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by tamon1765 | 2008-10-21 00:05 | | Trackback | Comments(1)

正木美術館 記念展

東京美術倶楽部「正木美術館開館 四十周年記念展 禅・茶・花
に行ってきました。

予定していた11日は野暮用でだめ。結局最終日に行くことに
なりました。個人的なことで、前夜の色々な訳ありと深酒とで
朝、開場と同時に入るなど思いもよらず、ダラダラと向かい
ました。
今回、地下鉄でなく、新橋から歩いていくのならばと、気を
取り直して、日比谷神社と塩釜神社をお参りしていきました。
そのことは又いずれ。
歩き過ぎというわけではないですが、なんだか、到着までで
ヘトヘト状態に陥ってしまいました。
入場前に受け付け前の椅子で休む体たらくです。

とにかく素晴らしいものが目に入れればいい、そして何か残れば、
と思って入場(13:40)。
意外と人は少なく、人のいないところへ移動するようにしたので、
ゆっくり見られました。しかし、宿酔い気味だったこともあり、後悔。
展示を見始めても、余り感興が沸きません。
「何で来ちゃったんだろう。。。、こんな状態の私にこれを見る
資格はない」と。
入った以上、見なければ(笑)と気を取り直し、私のいつもの
鑑賞方法を早速実行。これは、展示の全体像を見て力加減を
考えるやり方で、全て目に入れながら、足早に1回終わりまで
回って、振り出しに戻るもの。
しかし、素晴らしいお軸も茶碗もお道具も、、、、、、、、
展示位置、説明版の位置、その記述----申し訳ないが、私と
あわないようで、気持ちが乗らない。

ところが、最後の最後の展示室、小野道風 『三体白氏詩巻』、
度肝を抜かれた。
その美しさ、徐々にスピードアップしていくようなその筆使い、
まさに神品としか云いようがないです。
思わず、右手人差し指で空をなぞってしまいました。
そして、その向かいにあった行成も、最高です。
現金なもので、急に元気になってスタート地点に戻りました。
(続く)
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by tamon1765 | 2008-10-16 07:35 | | Trackback | Comments(2)

一休の書

唐木順三は、私が学生時代から強く影響受けた方だ。
リアルタイムで読んだというわけでは決してないが、
この人と歩んできたという思いもある。
久々に、思い出して開いたら、探していたものがあった。

唐木さんが、一休和尚の偽物に感心したという話だ。
或る道具屋で目にした一休の書に魅せられて、
購入しようと考える。
話を聞いた谷川徹三がわざわざお店まで見に行き、
「あれは偽物だろうからやめた方がいい」と。
それで、次に行った時には、店の者も「あれは偽物だった
ようです」と、既に店になかったという。
そして、

贋物でもあれだけのものなら、という点で、一休宗純へ
の関心を増した。嫌味の微塵もない書体であった。
その上気品も高かった。
伝説化された一休禅師とはまるでちがうものであった。



今の私にとって、一休さんはまだ疑問の人なので、
それ以上のコメントはしないが、唐木さんでも見誤る。
それはそうかもしれない、その専門家ではないのだから。
偽物とて、その何かを感じさせる偽物作者ならば相当の
使い手と言うことなのかしら。
一休という名を使うから偽者であって、自分の名で発表
すれば、それなりの作品なのであろうか。
疑問は膨らむ。

利休さんだって、書の鑑定を誤った話しがある。
偽作を指摘されて、悔しくてその軸を引きちぎったという
から、利休さんも気が短いね。
その虚堂(?後で調べて訂正します)の名があるから
偽物だけど、その禅語を書いただけとしてみれば
良い字だったのかもしれない。
だって、利休さんが見誤るのほどなのだから。
それはそれで、勿体ない?文化財破壊?

「偽物である」ことって、曲者だ。
名前の有無を思うと、柳の民芸運動が思い起こされる。
そこには作者の名前がないから、偽物は存在しない。

ものの良し悪しって、何なのかな、と改めて思う。


引用は、唐木順三 『風狂の詩僧-一休和尚』
「詩とデカダンス」 から




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by tamon1765 | 2008-10-03 12:40 | | Trackback | Comments(2)

俗な視点

古筆でいえば行成は異論のないところですが、あのひとは
佐理よりも道風をこのみ、わたくしは佐理の峻勁な書風に
惹かれます。
墨跡では一山一寧や夢窓のおだやかな書をあのひとは推
していました。夢窓が時の権力にとりいった政略家だと
する通説には反対で、それは書にそんな俗気の感じられ
ないというだけの理由でした。近江の国に永源寺を開いた
寂室元光のことは知りません。一休のあのはげしい気魄
の書は、なんだかすこし異様な気もしますが、わたくしは
どちらかといえば好きなのです。


上田三四二の小説「橋姫」の主人公(女性)のつぶやき
である。小説ではあるが、このような考えが書かれている
ということは、この考えを肯定否定に関わらず、作者の中
でこのような考えが存する、ということである。

吉本隆明が、「ただの俗物」と言い「俗っぽい字」と言った、
禅の墨跡に対して、上田は、もっと素直な目で見ている。

別に吉本を批判する気もないが、他を俗と見るその視点
こそが「俗」のような気がしてきた。


<20.90.12追記>
作者上田三四二は、昭和64年に亡くなられたが、病気
の再発したのが、昭和59年。その前に、永源寺開祖の
寂室元光について書く予定だったそうである。
それを知ってから小説に戻ると、作者は寂室元光について
ある思いがあり、架空の女性に 「(作者である)恋人は
寂室元光をかっているが、私はよくわかりません」 と
言わせている。次の作品の予告でもあったのだ。
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by tamon1765 | 2008-09-09 23:37 | | Trackback | Comments(1)

現世を超越したような面影を持った字

たとえば禅宗系の高僧の書というのを見るでしょう。
僕ら見ていて「何だ、こいつ、ただの俗物じゃないか」
と思うことがしょっちゅうです。
他の人はこれはいい、いいと言うんだけど、
僕には俗っぽい字にしか見えない。
一休ですらそうです。
業の深さみたいなものが字に表れてしまっている。
現世を超越したような面影を持った字だなあと心底
感心したのは、良寛ぐらいです。


吉本隆明氏の対談の中に、上の一節を目にした。
どこの部分を見て、何をどう感じて 「ただの俗物」と
感じ取ったのか、とても興味深い。
尋ねて行って、直接聞いてみたいとさえ思う。

全体の配置なのか、
太さや止めの力、撥ねの鋭角度なのか、
字を書いているときのスピード感?
何を見ているのかな。
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by tamon1765 | 2008-08-30 09:05 | | Trackback | Comments(7)

茶と荼

22日にいい気分で呑んで、王義之の『喪乱帖』の話になった。
朝電車の中で見ていた本(王義之の書が掲載)を取り出して、
名品を眺めながら、上手い酒を呑もうというわけである。

私は、「先墓再離荼毒追」の一節で、「荼」の字が出た
ことから、どんな意味かなと思っていた。
茶と荼の字の違いについて、布目潮風氏や林左馬衛先生の
ご本があったと覚えている。

すると、ご一緒した方のおっしゃるには、
この書は荼毒の字がポイントであり、匈奴をさすのであると。
さらに、西晋から東晋に移っていく時代背景を知らなければ、
この書の意味合いが全く理解できない、と。
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by tamon1765 | 2008-07-24 13:01 | | Trackback | Comments(0)

井伊直弼の書

古本屋で、井伊文子さんの随筆集「ひとすじの道」
を目にし、ちょっと立ち読み。
この方、琉球王国尚氏の王女様だったのだ。
そして、彦根藩の井伊氏にお輿入れした。

懐かしく思って、井伊直弼の『茶湯一会集』を開いてみた。
この本は、昭和50年発行、発行所が井伊家資料保存会、
編集者がこの文子さん。
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文章を読むより、直弼の書いたその字、筆の運び、配置を
眺めているのが面白い。あの大老直弼が書いたかと思うと、
何とも不思議な感覚に襲われる。
冒頭にある有名な一期一会も、初めの一は肉太に短く、
二度目の一は筆勢が早く細い、止めはしっかりしているものの、
次の会への一画目への連続性がある。
二行あとの一世一度になると、二度目の一の字は瀟洒でさえ
ある。
見ながら、字の太い細い、早い遅い、勢い、それを右の
人差し指でなぞってゆく。
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日溜まりのなか、のんびりこんなことが出来て幸せだ。
至福の時間である。
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by tamon1765 | 2007-11-23 11:32 | | Trackback | Comments(8)

気ま~まな独り旅


by tamon
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