カテゴリ:近代の茶人( 27 )

蘭奢待を聞香する、魯堂さん

仰木魯堂さんは昭和16年9月20日に79歳で
くなられるのですが、その前に、葉山の別荘に
田中親美、式守蝸牛、令弟の政斎、松永耳庵らが
集まったといいます。

その時に、蝸牛さんは、なんと!「蘭奢待」を持参
したといいます。
仰木魯堂さんは、泣いて喜び、衣服を改め聞香
したそうです。

実際に写真が残っているのですが、
一般民間人が蘭奢待を聞香することが出来るなんて、
この話しを読んだ時から未だに信じられないような...、
私の場合、実際に聞かなくとも、このお話しで
既に聞いたような不思議な感覚です。
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*
<29.9.20追加>写真を追加しました。出典は、藤井喜三郎「艸居庵記」
<29.9.24追加>表題を変えました

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by tamon1765 | 2009-05-21 21:59 | 近代の茶人 | Trackback | Comments(4)

高崎の水琴亭

先に、ご縁あって、高崎の水琴亭を見学して来ました。

訪問するまで、私の好きな、仰木魯堂さんと藤井喜三郎さん
の関わったものとは知りませんでした。
新緑の、既にうっそうとしたこの庭は、別世界の趣であり、
その中から去ることがためらわれます。

庭園内には、水琴亭、而生庵、月見台、艸居庵と、
建物が木立の中に静かに隠れています。
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ところで、藤井喜三郎さんの著作は『艸居庵記』ではないか!
と気が付きました。
とすると、艸居庵こそ藤井さんの代表作でしょうか。
残念ながら、こちらは中へいることは出来ませんでしたが、
またいつの日か訪問する楽しみが出来ました。
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久々に『艸居庵記』を開いて、魯堂さん藤井さんを偲ぼうと思います。


<追記>高崎と書きましたが、正しくは、群馬県吉井町とのことです。
      写真は、HPから引用させていただきました。
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by tamon1765 | 2009-05-11 12:42 | 近代の茶人 | Trackback | Comments(2)

鳥尾得庵

鳥尾得庵居士と言えば、大日本茶道学会の
創始者のひとりであるが、その茶道規範と
して、「茶の湯の四事」を定めているという。
曰く、「清潔、閑雅、野趣、風韻」。

野趣というのが面白い。
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by tamon1765 | 2008-12-14 01:00 | 近代の茶人 | Trackback | Comments(3)

森川如春 「田舎家の茶」

森川如春「田舎家の茶」「茶会の思い出」を読む。
(創元社 全集茶道)。

後者は想像力を必要とするので、今後ゆっくり読み直
していくとして、前者は頷ける。
主旨としては、田舎家の茶の紹介に始まり、正統でない
こと(茶室や書院でないから)を認めつつも、その効用を
述べるものである。

もとより茶に法はあろう。けれどもそれはそんなにむずかしい
窮屈なものではない。法あって法なく、法なくして自から法
あるのが茶道の真髄である。

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by tamon1765 | 2008-12-06 08:50 | 近代の茶人 | Trackback | Comments(2)

鈍翁は「長閑」がお好き

今回、鈍翁の書や和歌を僅かだが見た。
その和歌を思い浮かべていたら、「長閑」という語彙例が
複数回見出せることに気が付いた。
思うに、彼は、この「のどか」という境地を好み、目指した
のではないか。

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<23.9.27追記>
「遊びと求道の心 江戸東京の茶の湯400年」展(平成9年7月、
江戸東京博物館)図録を見て(p191)、愉快をおぼえた。
茶色の羽織の下地に「安閑」と自筆で書いたものが載っている。
羽織ってみると、肩甲骨のあたりだ。
八十八翁と読めるが、よっぽど好きな言葉であったとみえる。
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by tamon1765 | 2008-12-05 12:07 | 近代の茶人 | Trackback | Comments(0)

我慢の人・鈍翁

数日弊蔵へ預り買○伝ニ而
右之候へか老境に入りて道楽も
程あらむと涙を飲みて
暫し辛抱致候


先日訪れた、畠山記念館の展示物のひとつ、
益田鈍翁による即翁宛の自筆の手紙の一節です。

あの鈍翁が「涙を飲んで辛抱する」と言って
いるのが、おかしいです。
あんな大金持ちが? と庶民はつい思って
しまいますが、金持ちには金持ちの苦労がある
らしい、ということですね。
辛抱だと念じている鈍翁を思い浮かべると、
なにやらおかしいと共に、親近感を感じます。

ちなみに、以前、熊倉功夫先生の講演で、
昭和12年の税制改革で、サラリーマン社長の
収入が激減し、近代数寄者の文化が変化を
余儀なくされたというものがありました。
鈍翁、益田家はまさにその典型ですね。
残念ながら、美術館にする前にそのコレク
ションは散逸してしまったようです。

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by tamon1765 | 2008-11-27 12:42 | 近代の茶人 | Trackback | Comments(4)

益田鈍翁の「遺言」

三井男爵ハ拙愚を厭はす
深く登用せられしを欣賀
重々仕り
   茲に謹み不堪謹謝
又益田の家此度恩義を
忘るべからす
  十二月五日 鈍翁(花押)
太郎殿
信世殿


これが、鈍翁の「遺言」で、
畠山記念館で見た。
初めてこのような意味での遺言を目にし、
ちょっと迫って来るものがあった。
やはり、鈍翁って人物だなあ、と思う。

(自分で写してきたので、もし図録等
があってお持ちの方は、直してください)
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by tamon1765 | 2008-11-25 19:45 | 近代の茶人 | Trackback | Comments(0)

益田鈍翁の「常識是茶」

畠山記念館に、昨日行って来ました。
『 数寄者 益田鈍翁 ―心づくしの茶人― 』

鈍翁が、気持ちの良い字をかかれることに、
唯々感動です。

鈍翁の軸に「常識是茶」というものがありました。
何ら奇をてらったところもなく、お茶に対して、
妙に重い意味付けをすることもないわけです。
ごく素直な、日常に生きる茶として考えると、
甚だ好感が持てます。
憧れますね。
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by tamon1765 | 2008-11-21 23:16 | 近代の茶人 | Trackback | Comments(0)

小林逸翁「大乗茶道記」から

うるさいほど侘の講釈はきかされてゐるが、
実は珠光も、紹鴎も、利休も、口頭では侘
の心持を説き、爾来お茶人は所謂和敬静寂
一本槍で進んでゐるがいざ実行となると
却々六ケ敷い、立派な生活をして名利を捨
てず、物質欲は充分にある、そして風雅を
説き芸術的環境を愛好する。さういふ人間
の欲望を満足せしむる一つの機関がお茶道
であるから斯くまで発達し隆盛になつたも
のであることを忘れては駄目である。


小林逸翁「大乗茶道記」から
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by tamon1765 | 2008-11-08 18:20 | 近代の茶人 | Trackback | Comments(0)

美丈夫・鈍翁益田孝の自伝

長井実編「自伝益田孝翁伝」中公文庫、1988年

財界の大立者の自伝。
世の変化にもまれながら(明治維新を体験)成長する、一人の男
の物語として読んでも楽しい。
登場人物は、綺羅星のごとく輝く財界の猛者が出てくるので、
その意味でも面白い。

後半は、お茶関係の話が増え、楽しい。つくづく幸福な人だった
と思う。
この本には関係ないが、熊倉功夫氏によると、昭和12年の税制改正
以前は、サラリーマン社長とて莫大な財産を手に入れることが出来、
文化財級のお道具をそろえることが出来た、というのだ。
今の経営者とは、その意味で環境が全く違う。
それで、この本のようなことが可能であったのだろう。

ところで、鈍翁というと、あの立派なあご髯と温和な笑顔がトレード
マークではあるが、意外な素顔が出ている。
冒頭に写真頁があり、その17歳、23歳頃の顔がなんともほどが良い。
その顔を見るだけでも立ち読みの価値があるかも(笑)

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by tamon1765 | 2008-10-24 07:02 | 近代の茶人 | Trackback | Comments(3)

気ま~まな独り旅


by tamon
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