初代菊五郎は石州流


歌舞伎役者のお茶の流派は、私にとって、以前から

気にしていた課題だ。

*

元祖尾上菊五郎(17161783

*

平生に諸芸を学び、鞠・囲碁・将棋・茶は石州流・生花・手跡

ともに嗜み、俳句をよく致されしといふ。

*

と「俳優世々の接木」(安政6年=1859)にある。

伊達藩と同じ石州流とのことだ。

丈が、まさにその政岡を演じていたら楽しい。

残念ながら、初代菊五郎丈が政岡を演じた記録は、私は

見つけていない。

*

29.9.20>訂正中

先日公開後、読み直したところ、上記以降の部分に矛盾が

ありました。大変失礼しました。

そのようなわけで、上記以降の行を削除します。

良く調査の上、書き直します。

*







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# by tamon1765 | 2017-09-19 13:01 | 舞台の話 | Trackback | Comments(0)

利休さんの遺偈は引用かも(2)


利休さんの遺偈は引用かも」という記事を読んで

くださった方がおられた。だいぶ以前の書き込みな

ので、自分でも読み返してみた(参照「力囲希咄」)。

併せて、このことは、世間ではどう扱われている

のかなと、ウェブ検索してみた。

*

すると、まず目に入ったのが、酷いものだった。

大手運営会社の、質問コーナーである。

*

質問「韓 利休ってどんな人?

回答「歴史に名を残した中国人の中に、そういう

名前の人はいません。日本の千利休の間違いでは

ないでしょうか」

*

呆れても物も言えない。

更にこれが、ベストアンサーというのだから(

いくら回答数が1としてもだ)、酷すぎる。

世間をにぎわす国内政治ニュースと合わせて、

世の中がどんどん薄っぺらくなっているようで、

情けない。

*

片や、「利休最後の和歌と幽斎」という記事を見つけ、

ワクワクし、いい勉強をさせてもらった。

私は、mixifacebook、インスタグラム、ラインも

何もする気がないので、それらの仕組みも分かって

いない。しかし、このような書き込みを目にすると、

他の記事も読んでみたいなあと、ちょっと興味が湧く。

まだまだこの世は捨てたものではない、どころか、

もっともっと自分自身しっかりしないと、の思いだ。

*

ところで、私自身の書き込みでは、これまで、根拠や

出典を自分で見易くするために、管理人のみ閲覧の

コメントに残してきた。万が一、出典を尋ねられた場合、

すぐに答えられるようにするためだ。

*

ちなみに、今回の「利休さんの遺偈は引用かも」の出典は、

・小松茂美「利休の死」中公文庫、1991年、p212

・近重真澄「茶道百話」晃文社、昭和217月、p199

  家蔵の晃文社版は21年発行だが、戦前の17年に

出版された模様。

・私は見ていないが、小松茂美上記によると、

柴山全慶師による論文が「禅学研究」(41号、昭和23

11月)に掲載されているという。

*

さて、過去の自分の書き込みを見て、意味不明なもの(

ばかりではあるが、汗)があり、訂正した。本日の訂正は、

表題に(お詫びと訂正)を追加し、本文は、行替えのための*

をいれたことだ。

禅と茶との関係(お詫びと訂正)

これは、私が「茶禅一味」は宗旦の著作でないと断定しながら、

その根拠が示せない間抜けな記事であった。

皆様のご寛恕を請願う。

見直すと、補足しないと意味不明の記事ばかりのような気が

してきた(トホホ)。

*

なお、mixiユーザーさんの、素晴らしい書込みに

リンクを張りました。

幽斎の研究をされている方とお見受けします。

こちらからの連絡の取り方が分からないので無許可

です。問題あるようでしたら、ご意見いただけまし

たら幸いです。

*





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# by tamon1765 | 2017-09-13 15:47 | 利休さん | Trackback | Comments(0)

清風煩瑣の目次

*

清風瑣言 目次

*

156

1) 東渡160

2) 考古164

3) 稟性ヒンセイ168

4) 天時170

5) 製造172

6) 地霊173

7) 品解174

8) 表異175

9) 品目176

10) 入雑178

11) 煎法179

12) 分量182

13) 煮散183

14) 茗戦メイセン184

15) 湯候185

16) 弁水186

17) 選器192

18) 収貯196

19) 久蔵197

20) 取手200

21) 附余201

22) 遺事208

*

数字は平凡社東洋文庫「日本の茶書2」の頁

*


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# by tamon1765 | 2017-09-09 18:39 | 秋成の茶 | Trackback | Comments(0)

米原万里の「わたしの茶道........

*

米原万里の「心臓に毛が生えている理由」角川文庫

をひらくと、「わたしの茶道&華道修行」p179とある。

その部分を要約すると、

*

筆者は某茶道家元のソ連訪問団の通訳の依頼を受け、

三十余名の通訳者達とともに喜び勇んで引き受けた。 

しかし、息を吞むほど優雅な着物姿、身のこなしは

お点前の最中だけのこと、一緒にその場に居たたまれ

ないほど、普段はずぼらがさつこの上ない人種である。

これが、数多の職業人に接する機会を持つ通訳者たち

の、お茶のお師匠さんたちに関する一致した見解だった。

モスクワでの茶会は大成功し、御一行様は二度目を計画

したが、1度目の通訳に声をかけたが筆者以外の、全員

が断ったという。

*

残念です。

自戒したいものです。それ以上のコメントは控えます。

*

それにしても、米原さん、いつも楽しく読ませてもらって

いるが、感情が前面に出てしまい? この章については、

オチというかまとめが普通に終わって物足りなかったです

*


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# by tamon1765 | 2017-09-08 22:14 | Trackback | Comments(0)

伽藍の実際


以前、伽藍という記事で信州の善光寺をひきました。
今回、静岡県三島の龍澤寺(臨済宗妙心寺派専門道場)の伽藍を3種。
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こちらは、三島大社の本殿、
これは伽藍という言葉を使っていいのでしょうか、
私はちょっとよく分からないのですが。
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# by tamon1765 | 2017-09-07 22:29 | お道具とお茶室 | Trackback | Comments(0)

日用の間

*

神道は日用の間にあり 「陽復記」

*

日用の間、神道ならざという事なし「太宮神道或問」

*

以上、渡会延佳ノブヨシの言葉。

神社で毎月頂いてくる生命の言葉からの孫引きです。

*

ここに引用したのは、常々不白さんが、お茶は常の

ことと仰っていることと同じと感じたからです。

考えてみると、禅の人は、行住坐臥といいます。

つまり、自覚的に己のプリンシパルを獲得した者は、

一直線にその世界を突き進み、それを宣言しうると

いう事が言えそうです。

誰でも生きている以上、そのようなものを持たない人

はいないわけです。それなのに、何の違いでしょうか。

*

考えてみると、それは、受動と能動の差かと思われます。




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# by tamon1765 | 2017-09-04 19:50 | ことば | Trackback | Comments(0)

五徳の語源(解決か?)


ウィキペディアを開いたら、ずっと気になっていた、

五徳の語源が書いてあった。まあ、一つの説だが。

その、あっけなさにやや意気消沈である(苦笑)。

内容を引用すると、

*

昔は、環を上に足を下にして使った。 これは、

竈子(くどこ)と呼ばれた。のちに、 ひっくり返して

使うようになり、名称も、 「くとこ」をひっくり返して、

「ごとく」になった。 漢字の五徳は当て字。

*

というものだ。 はっきり言って、ウィキペディアに

ついては良い印象を持っていないので、上記のような

説もあるということで読んだ。

濁点の移動についてはどうなのか、ということもある。

それにしても、楽しい説ではある。

今後は、五徳だけでなく「くどこ」という言葉も気に

することにしよう。

*

ギョウカイ人の逆さ言葉はシーチョの極みだが、

(シーチョ自体が逆さ言葉です。笑)、そのもの自体が

ひっくり返ったために名前もひっくり返した例は、

日本語でほかにないか考えているが思いつかない。

*

無理して下らないことでも書くとすると、

英語習いたての中学生の頃、 「日本とアメリカでは

多くのことがアベコベだから、 日本では道路が、

あちらではroad。」

*


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# by tamon1765 | 2017-09-03 22:15 | お道具とお茶室 | Trackback | Comments(1)

『宗旦示遺書』の前書

茶の湯は、今のものも昔のものも見渡して、

良い部分を取り入れてすべきことだ。

昔の人も利休もそうしてきた。

良い部分を取り入れるには、それなりの目を持ち、

感じ取れる心がないと、出来はしない。

大昔の茶の湯書を見てする者のお茶で、その本を

鼻にあててしたいようにするのは、「へちかん」

といって、そんなものは茶の湯ではない。

本来あるべきように行い、その上に昔と今の

しかるべきところを取り入れてすることだ。

*

『宗旦示遺書』の前書の超訳(千宗員「宗旦の茶」

にあるそうですが、林屋辰三郎氏の書いたものからの

孫引きです。)

*

茶書に頼っていてはダメ。

目と心を養っていかないと、進歩しないって、

ことなんだな。


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# by tamon1765 | 2017-08-23 13:02 | 宗旦さん | Trackback | Comments(1)

ダージリンを緊急購入

インドの紅茶が困ったことになっているようです。

西ベンガル州ダージリンが混乱状態にあり、ダージリン

の茶の収穫量が10分の1に落ちたとの報道も出ています。

心配になり、慌ててカルディ**店に買いに行きました。

取り敢えず、トワイニングの200グラム缶を購入。

997円也。

*

混乱の原因は、ネットで拾っていくと、

●事象としては、

今年の6月前半から、公共サービス・茶園等が、

ストライキに入り、経済活動が滞っている。

これで、夏積みのダージリン(セカンドフラッシュ)

の収穫が出来なかった。

この7月は収穫量が10分の1に落ちた。

放火・暴動に発展し、死傷者も出ている。

●原因は、

ダージリン地区に新州創設を求める「ゴルカ人民

解放戦線(GJM)」という組織主導によるストライキ。

州政府による、学校でのベンガル語教育導入決定が、

ダージリン地区に多いネパール系の人(使用言語

ネパール語)の反発を買った。

*

ハッキリ言って、どこの世界か、私には全く疎い場所

なので、地図帳を開いてみる。

中学高校時代の地図帳は、まだソビエト連邦記載の

ものなので、勿論壁崩壊後のもの(笑)。

但し、これさえ最新かな?といつもクエスチョンマーク

を浮かべながら開いている。

*

すると、インド国のダージリン地区というのは、ブータン

王国、ネパール、バングラディシュに囲まれた微妙な

位置にあるのですね。ついでながら、アッサムの位置も

知った。当然のことながら、世界は広いな。

*

最期に、

暴動だなんて、考えたくない現実です。

また、今年度収穫しないと、植物は来年以降どうなる

のでしょうか? 植物に疎い私ですが、来年以降の

生育への影響も心配です。

更に、生育・収穫・製造・運搬・販売といった経済システム

のサイクルの維持は大丈夫でしょうか。社会変動?

様々な側面が気になります。

早い解決と改善を願っています。

*



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# by tamon1765 | 2017-08-12 12:07 | Trackback | Comments(0)

袱紗捌きの位置


袱紗捌きは、膝の外迄ではないが、膝位迄の

所でやると、動作が大きく見えてよい。

*

という面白いメモが出てきた。そのメモの頭に、

「高幡不動のお茶会も終わり」云々とあるので、

私がお茶を始めた頃のものだ。

袱紗捌きの位置は、以前、左膝の中央と書いた

記憶がある。左右の手で三角形を作った時に

その頂点の延長線は、アイロンがけしたズボン

の折り目の上に来る、というわけだ。

但し、それは縦軸の話しであり、横軸は?と

いうのが今回の書き込みである。

つまり、縮込まらずに袱紗捌きをするためには、

膝頭近くまで袱紗を持ってくるのをよしとする

考えだ。大きく見せるお点前というのが、私と

してはなんとも嬉しい。

尤も、やり過ぎて膝を突き抜けた先に位置設定

したら、滑稽であろう。

余談ながら、この形から、能の「常ノ構エ」を

連想してしまった。

*

*

以上、個人的考えであり、流派の教えではありま

せんので、そのように取り扱い、師伝によって

ください。


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# by tamon1765 | 2017-08-10 09:39 | お点前 | Trackback | Comments(0)

視点を変える

*

視点を変えるという。

とかく人は、ひとつの視点に固執して判断を誤り、

物事の本質を見損なうことが少なくない。だから、

視点は柔軟に変えてみる必要があるという。

いちばん難しいのは、自分に対しての視点を柔軟に

変えることかもしれない。

すぐれた作品を読むと、ほとんど例外なく、作者の

自他に対する平等な目に感歎させられてしまう。

*

竹西寛子「蟻」から

*


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# by tamon1765 | 2017-08-08 15:24 | ことば | Trackback | Comments(1)

仰木魯堂についての覚書


仰木魯堂についての覚書

  *

1.過去の書き込み

藤原銀次郎の旧蔵本 2015 12 03

護国寺の『魯堂顕彰碑』 2006 11 15

蘭奢待を聞香する 2009 05 21

高崎の水琴亭 2009 05 11

  *

2.作品

(1)邸宅、別荘

 中野家、団琢磨、団伊能、赤星鉄馬、今井繁三郎、

 岩原謙蔵、藤原銀次郎、春海藤次郎、小坂善次郎、

 塩原又策、馬越恭平、杉孫次郎、福井菊三郎、

高橋箒庵、今村力三郎、梅沢渋柿庵(原宿)、桜井宗芳、

馬越幸次郎、川部太郎、松方正義、藤瀬家、

堀家、小倉房造、有馬長文、中村好古堂、

岡部長景、間島乙彦、三井養之助、●団家(仙石原)、

松永安左衛門、津村重舎、吉田家(井の頭)、

小倉常吉、大橋新太郎、久世家(鎌倉)、岡部家(三津浜)。

外、別荘、葉山2軒、奥多摩2軒。

(2)料亭

 新橋花月、赤坂水戸幸、浅草八百善、京橋竹葉亭

(3)田舎家

 強羅白雲洞、伊豆川奈ホテル、平林寺山荘、

(4)茶室

 総持寺、音羽護国寺

(5)仏教施設

 ●音羽護国寺多宝塔、埋経塚(場所?)、観音堂(寺名?)

 団家墓碑及墓域、堀家墓碑及墓域


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# by tamon1765 | 2017-08-02 15:16 | 近代の茶人 | Trackback | Comments(0)

穂先調べ


今日、お茶を点てている時に、フト昔のことを思い出した。

お茶を始めた頃の疑問だ。

それは、穂先調べの手の持っていき方、についてである。

茶筌とうしでは、茶碗の中で茶筌を「の」の字に書いた後、

に浮かせ自分の視界に近づけて穂先調べをする。

が気になったのはこの部分の手或いは腕の動きであった。

どんな風に持ち上げてくるのが美しく自然か?

*

私なりの結論は、直線的に腕を引くのではなく、山なり

に引いてくるのがいいのではないか、と。

緩やかに、頂上を目指す感じ。

以上のように思って、私はそうしてきた。

また、大寄せのお茶会に寄せてもらっても(昔の話)、

お点前さんはここをどんなふうにするのかな、と興味深く

拝見してきた。

残念ながら、おおよそ、教則本にあるのは手順であって、

私の希望する内容はあまり記載されていない。

*

お茶会(大寄せ)では、茶筌とうしをきっかけに、正客は

お菓子に手を伸ばす。しかし、なんせ大勢のお客である。

お客は、手持無沙汰で且つ席入りしてまだ物珍しい状態

なので、実はここが最も注目度が高いのではないかと思う。

*

勿論、穂先調べで頂点に来た時に、茶筌は腕から直線上に

無くてはならず、茶筌が上向きになっているのは不格好。

手の回転の仕方にも注意点があることは間違いない。

*

処で、いつも思うことだが、穂先は水屋にて自分で確認し

なければならない。

そして、万万が一、本番で穂先が折れていた場合、一時中断

して一度水屋へ戻る勇気が必要だ、と思う。

或いは、半東さんへ、替えの茶筌を持ってこさせるか、だ。

大寄せのお茶会では後者の方が現実的であろうか。

つまり、穂先調べで折れているならば、茶を点てる瞬間には

間違いなく折れた部分は分離する。ということは、お客様へ

竹の切ッ端を飲ませることになってしまう。

本末転倒。問題外。

*

*

以上、私の個人的な見解です。師伝によってください。

*

<29.8.12>編集ミスを訂正。





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# by tamon1765 | 2017-08-01 11:54 | お点前 | Trackback | Comments(0)

ご無沙汰しました


復活します。

自分で自分のブログに入れない状態でした。

実は、昨年、パソコンが故障で使えなくなりました。5年半

の寿命でした。

パスワードをパソコンに覚えさせて、いつも安易に開いて

いたのですが、パスワード失念のため、再開できませんでした。

不明時のためのメールやり取りがあるのですが、そのメール

のパスワードも同様に不明になり、開けませんでした。

ということで、挨拶もなく閉鎖(いや、閉鎖操作もできない)

という体たらくだった、という次第です。


今日久々に、思い付きでパスワードを入れたら、入れました。

これまでどうやっても思いつかなかったのですけど。

最期の未公開の書き込みが、昨年630日ですので、1

以上のご無沙汰です。

万策尽きて、別ブログを始めましたが、こちらも停滞しています。

そのブログは削除することとなるでしょう。


この間、お茶の先生が亡くなられたこと、私自身の長年の病気

の手術をしたこと、等々、色々なことが頭をよぎります。

考え方も少しずつ変化しています。

今後のことはわかりませんが、(と言いますか、このブログは

自分の覚書であることは変わりないですが、対象や方向性に

ついては決めかねています)、暫くは遡っての書き込みとなり

ます。またよろしくお願いします。



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# by tamon1765 | 2017-07-26 13:34 | Trackback | Comments(0)

お出会いでお道具を返す訳


教則本を見ると、拝見後の道具の返し方が丁寧に記載されている。

しかし、なぜそうするのが書いてない。こんな風に考えれば

いいのではないかと思うので、試案であるが、ここに書いてみる。

ある場面を想定してみる。

お茶事に誘われた。毎度毎度あることではない。

何年に1回あればよいこと、否、最初で最後かもしれない。

今回特に、お弟子さんをご一緒にとの有難い言葉。

で、稽古を始めてまだまだ日の浅いA子を連れて行くことにする。

さて、ご亭主は、家宝のお茶入れを出して呉れた。

このような立派なお道具をご用意されるとは!

これこそ、最初で最後の眼福であろう。

私は正客となり、妹弟子が詰め、A子は次客だ。

(現実に、家宝を出す茶事に初心者の状況は有り得ないです

申し訳ないが、当然ながら茶事は、正客である私を中心に進む。

全ては、正客のために、というわけだ。

濃茶をいただき、拝見となった。

素晴らしい唐物茶入れに手が震えるが、有難く拝見する。

お詰めさんが仕覆を拝見し終わり、お出会いでお返しする処だ。

よっこらしょっと!と、気合を込めて立ち上がる。

 *

何故、年寄りで足のやや不自由な正客が立っていくのか。

お正客ファーストと考えたら、わざわざ足の悪いお正客を立た

せて、仕事をさせる必要があるのか。

しかし、ここがポイント。

1)家宝の茶入れを先程、見せていただいた。しかし、これが

最期と思うと、お願い!もう一寸だけ、もう一度見せて!

という思いが強い。目に焼き付けて、手に感覚を残したいです。

お名残りの拝見です。

2)亭主のこんな大切なもの、有り得べきことではありませんが、

もし万が一粗相があってはいけないです。そのチェックも

含めてもう一度を、拝見したいです。

と、考えてみたらどうでしょうか。

いつもお稽古で使い慣れているお道具へ、ちょっと違った思い入れを

することで、また違うのではないでしょうか。

 *

と、エラそうに書きましたが、言わずもがなの当然の事かも........

以上、私の勝手な考えですので、皆さんは師伝によってください。





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# by tamon1765 | 2017-05-27 14:02 | お点前 | Trackback | Comments(0)

水道橋心中


読む人によっては、あまり後味のいい話題ではないかも

しれません。そのことをご了解の上、お読み下さい。

 *

「享和雑記」p72を眺めていたら、川上不白さんの元にいた

若い男女が心中をしたという話が目に入りました。

校訂者三田村鳶魚による解題には、この水道橋心中は、

志満山人作「梛の二葉」として文政6年に刊行されたと

ありますから、江戸の或る時期には流布した話だったの

だと思われます。

 *

話の内容は、享和元年1801年、不白82歳のこと。

「酉十一月六日小日向水神の社辺にて相対死あり、若衆は

十五歳、娘は十六歳といふ」というものですが、娘は

不白の妾です。妾は5人、そのうち3人は17歳以下。

一方、若衆は、「(不白の)倅が仲間の与力の次男、容貌人並みに勝れ

利口弁佞なる生まれにて習ふともなく、茶湯をよく覚えて

年に似合わず取り廻す美少年あり」とあり、(不白の)寵愛又類なし

と。つまり、男色関係にあったということでしょう。

私としては、不白さんには、ややガッカリ……..

ですが、人は誰でも(私も)時代と土地の習慣の制約の中

に生きているのですから、今この瞬間の私の立場から

批判してもしょうがないです。

さて、娘がこの美男に恋慕し二人はそういう関係になった。

不白は知りながら空知らず顔をし、むしろその後は遠慮して

この妾をただ傍に休ませるだけにして、労わってあげた。

いずれ、少年を与力にし、この妾を遣わしてあげようと

思っていたが、「不慮の事出来て愁嘆いうばかりなし」。

娘は懐妊し、不白の心を知らずして、二人で死を選んだ

ということです。

恋はお家の御法度の時代ですからねえ。

この作者(柳川亭と自称しているが詳らかならず)は、

激しい非難とは思えませんが、不白の奢りをたしなめていると

いった趣です。

 *

どっかで、この話を読んだなあ、と書棚をさがしてみました。

 井口海仙「随筆茶道」平楽寺書店兌s18.12にありました。P126

 矢田挿雲「江戸から東京へ」無かったです。

 武江年表にもありません。

 *

井口氏は、何か別の種本があるのでしょうか。幾分違いが

あり、気になります。不白の妾に変わりないですが、十七八歳。

近所の若者と愛し合うようになり、家出した。

不白はすぐ彼女の手文庫を見たが、小遣いにあげた金子が

残っていたので、「あの女はキット死ぬ気だ。早く探し出して

呉れ」と捜索させた。が、時遅し、早稲田の田圃で情死していた。

金を残して出奔するは生命危し、とのことで、井口氏の最後の

コメントは

「不白は、茶の湯のことのみではなく、世事にも、中々詳しい

人物であつた事が、この逸話でよく知れる。」

こんなまとめ方でよろしいのでしょうか。

私には大いに疑問ですし、不満です。



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# by tamon1765 | 2017-05-24 18:55 | 川上不白さん | Trackback | Comments(0)

高幡不動尊


関東三十六不動霊場会(このような概念、団体の存在も

存じ上げませんでした)による、十二年に一度の総開帳

とのことでした。

真言宗の護摩焚きをお参りして、神秘的な炎に、少し

身が清められた気がしました。

新緑もきれいで、気持ちがいいです。

境内も落ち着いていて、有難いものです。


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家人が申すには、ここで昔お茶会やったネ。

えっ?

そう言われれば、この門(茶室知足庵の額札が見える)

の前で集合写真を撮ったものがどこかに在る筈。

しかし、お茶会そのものもお茶室も全く思い出せない。

もう30年も昔のこと……イヤア、びっくりした。

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# by tamon1765 | 2017-05-17 21:51 | Trackback | Comments(0)

茶碗を拭く際の軸(2)


先の茶碗を拭く際の軸の件で、相弟子のお二人から連絡を

いただきました(NKさん、SSさん)。

*

お二人とも、先生からは、「茶碗は水平にして傾けないで拭

くように」習ったといいます。

特に、姉弟子からは、「お茶碗は、飲むときだけ傾けるけど、

置いてある時、運ぶ時、お茶が入っている時等、水平の方が

自然で綺麗な感じがします。」とのコメントをいただきました。

(個人メールで)。

取り敢えず、先生の教えは夢でなかったので、安心しました。

*

以上、ローカルなお話です。上記以外は間違いだなどと主張

する意図は一切ありません。

皆さまは、師伝によってください。




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# by tamon1765 | 2017-05-14 13:37 | お点前 | Trackback | Comments(0)

松平定信「茶事掟」


はなはだ面白い文書です。

私には、定信と言えば、子供の頃覚えた「一人縄なう松平定信」

のイメージです。老中として、ケチケチ政治、いや、失礼。

幕府財政立て直しのため、緊縮政策の人(但し、失敗)。

ということで、老中自ら足の親指人差し指に藁を挟み、一人

黙々と縄をなう人。

 *

はて、何ですか? って?。

「ひとり1な7わ8な7う」で、1787寛政の改革です。

閑話休題。

定信公の本文を引用すると、

・わがほどを守りて、奢りたるものなど玩ぶまじき

・わざとひなぶれたるも、その分限にはあらざるべし

・そのほどをこそよくこうがえ侍るべき

・只その分限をしりて本末を弁え

・よくその程々を守るこそいみじけれ

・分外の物数寄をなすぞ、本意に背けし

とあり、自分の分を守りなさい、にその主張は尽きます。

茶道具に、むだなお金を費やすな!とも。

身分社会のなせる発言とみる向きもあるかもしれませんが、

私としては、常識的なことであり、私の今の生活信条と

一致します。

外に引用すると、

・くまぐま心を尽くし

・くさぐさ心を尽くすべき

好ましい表現です。なかなかいい感じの人であったかも。

 *

さて、笑ったのが、千家の七種蓋置の三ツ人形に対して、

「人の形あるものの上へ、熱くなった釜の蓋を、自分は

熱いものだから帛紗を使って取りながら、その子供の頭

の上へ置こうというのは、心無い人の仕業だ。

あるいは、亀の形をした香合の蓋を取ると、甲羅のみ

離れて、頭も手足も身の方に残るのが、生き物の姿と

かけ離れて、殺風景でおぞましい。」と。

私自身、唐子というモチーフが好きで、七種蓋置のなかで

唯一求めたものなので、笑みがこぼれてしまう。

亀の香合については、これは謂われなきイチャモンかな。

ではどの部位が蓋に付随すれば満足ですか、と定信公に

伺いたいですよ。デザイン作品は、そういうものでしょう。

 *

また、本文末にも正論を吐いてます。曰く

「利休なども、自ら切った竹の花活けに、自分で削った茶杓を

使った。これこそ風流が一段と優ったものだ。

利休の作った花入れを使うよりも、自ら竹を切って出した方が、

かえって利休の心にもかなっている。

大金を出して古い道具を求めることは、その本意に背いている

ことは、言うまでもない。」

 *

さて、最後に、今後の宿題として、楽しみな一節。

「いまにては千々のこがねを出してふるき品をとかい求むるは、

かの妖物の戒めおそるべし」

かの妖怪とは、何?誰?





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# by tamon1765 | 2017-05-11 14:27 | Trackback | Comments(0)

茶碗を拭く際の軸

未だに、どちらが良いのか分からない事がある。

それは、茶筌とおし後、お湯を建水にあけた後の

茶巾で茶碗を拭く、拭き方である。

先生からごく初期に、茶碗は平らなところを同じ

速度で回転しているようにして上下しないように

と教わった(ように思う)。

それから私はそれを守ってきた。

しかし、他のお弟子さんへそのような厳密な指導

をされる場に出くわしたことがない。

多くは、高台を持つ左が傾き、茶碗の軸は左上空へ

傾いている。(私の場合、茶碗の軸は垂直)

*

軸を垂直にするには、茶巾を持つ右手側もそれだけ

肘が上がり、武ばった形となるのは否めない。

勿論、きれいな動き、きっちりとした動きという

意味では、こちらに軍配は上がる。

しかし、お点前は「目立たぬように自然に」するのが

良しとする考えに反する。

*

かといって、いつもそうしている私に対して、そこまで

しなくともいいです、という指導もなかった。

そのようなわけで、初めに聞いたのは夢だったのかなあ、

どっちがいいのかな? といつも思っていた。

教則本にそこまで気にした記載は見いだせないし、

映像で見るものも、結構おおらかだ。

先生の試案だったのだろうか。私の勘違いだったのだろうか。

*

何かヒントをお持ちの方に教えを請いたい。

*

*

以上、私のまさに極私的な思いであり、流派の

教えとしての根拠はありません。先生のご指導

についても、私のあやふやな記憶です。

師伝に依っていただきたいし、お読みの方に

ご教授お願いしたいです。


*


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# by tamon1765 | 2017-04-26 12:47 | お点前 | Trackback | Comments(0)

五徳のなかの端厳徳

*

端厳徳

分からないと放ったままの言葉。

分からない言葉は辞書を引きなさいと、子供の

時に言われたことを思い出して、角川漢和中 辞典

を引いてみた。

*

正しく、おごそかなこと

*

意味としては字面そのままで、何も付け加え て

いないと いう気もしますが、、、、

勿論、「正しくないもの、穢れたもの」で 飲食物を

作るのは 嫌ですが、逆に五徳がなぜ、 「正しく、

厳かなもの」である のかの理由に なっていません。

むしろ、この道具に対して、五徳という名を つけた

のは特徴 や由来ではなく、こうあって ほしいとの

要請でしょうか。

*

あるいは、火を扱うということでの浄化作用、

神聖さ?そこ からの理由つけ?

*

私にはまだまだ闇の中です。

*


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# by tamon1765 | 2017-02-10 14:25 | お道具とお茶室 | Trackback | Comments(0)

五徳のなかの尊貴徳

*

裏千家茶道教本器物編2「釜と炉・風炉」からの情報

として、以下引用しました。

*

三ツ足の鉄輪は、「自在徳、熾盛徳、端厳徳、

名称徳、吉祥徳、尊貴徳」の六徳を有す。

 しかし、自在鈎が出来たことにより、自在徳が

 除かれて五徳になり、それを名称とした。

*

この6項目の尊貴徳とは何のことか?

ふと、五徳の前期の使い方、つまり今と上下逆にした

使い方が、漢字の「示」そのものではないか、と

気が付いた。

おおよそ、「示」は、神をまつる祭卓の形とする

理解でいいと思う。つまり、示は、神様あるいは

貴を尊び、何ものかを捧げることを形象化した字だ。

そして、五徳の上に物を載せれば、示の字そのものだ。

そう考えるならば、尊貴徳もわかる気がする。


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# by tamon1765 | 2017-02-06 14:31 | お道具とお茶室 | Trackback | Comments(0)

恭賀瑞春

酉年ということで、八幡様のお使いである鳩の話から。 鎌倉は鶴岡八幡宮様(早速乍ら、鳩ならぬ鶴なのですか? でも鶴サブレでなくて鳩サブレです。お宮のある高台が 鶴が丘という地名の故のようです)、その扁額の八の字は、 二羽の鳩が向かい合っています。 一方、京男山の石清水八幡宮様では、二羽が背中合わせと なっています。 また、仙台の大崎八幡宮様は、未だ参拝してないのですが ネットで見ますと、親子と思しき大小二羽の鳩が向かい 合っています。もちろん、大きな二画目が親鳩でしょう。 とすると、総本宮である宇佐八幡宮の扁額が気になります。 こちらのお宮さんも未だ伺ってないので、ご存知の方は、 どうかご教授ください。 ところで、この宇佐の駅には、USAという表示がある そうで、何かドキッとします(笑)。 武家の棟梁源氏の守り神である八幡様がUSAだなんて! と大昔、ひとり気が付いてほくそ笑んでいたのです。 が、なんてコタアナイ。 大正の昔に、日下部四郎太先生が『信仰仏利二人行脚』で 鉄道の旅で、宇佐に着くと、  隣席之子供「USAと書いて有るのは何と読むのでせう。」 三太郎「USAから北米合衆国の事です。(略)」 子供「此所は亜米利加です乎」 と既に書かれているのです。(大正8年印行p557) 愉快です。 さて、石清水を舞台とする能『弓八幡』では、弓を袋 に入れ剣を箱に納めるこそ太平の御代のしるしなれと、 武器行使を否定しています。 末広がりの平和な世を願うばかりです。


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# by tamon1765 | 2017-01-01 07:12 | Trackback | Comments(0)

五徳について、喜多村節信が

*

喜多村節信トキノブ『瓦礫雑考』を眺めて いたら、

*

こは足三ツありて、上下左右共に用べければ

五徳と名づくるか

*

とありました。

しかしながら、上下左右ならば、4で 3+4=7じゃ

ないですかね。 節信は上下の2を足したかったのな。

それにしても、足の三本に利用面の二面を 加えると

いう発想が、ちょと理解できない ですね。

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日本随筆大成第一巻p507


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# by tamon1765 | 2016-12-21 14:57 | お道具とお茶室 | Trackback | Comments(0)

稽古は花鳥風月にあり


口伝は師匠にあり、稽古は花鳥風月にあり

古靱太夫即ち山城少掾の言葉。


つまり、専門性は師匠に口伝で教わるものだが、

稽古とは師匠の前に座った時だけではなく、日常生活

のすべての場にある。花鳥風月をめでる心を以って

日常生活の中で気づきがなければならない。そのような

ものが稽古なのである


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# by tamon1765 | 2016-04-18 01:07 | ことば | Trackback | Comments(1)

気ま~まな独り旅


by tamon
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