奥野信太郎 「町恋の記」

奥野信太郎 「町恋の記」 を手にとる。

本当の大人とでもいうべき余裕ある方の随筆は
楽しい。
但し、やや耳の痛い話。

昔は学に志してまず素読に徹し、階梯を上って、
ようやく作詩作文にいたるのを、学ぶものの常道
とした。書を読むことと詩文をつくることとは、
学問の両輪として一日もゆるがせにすることを
許されなかった。
現代は書を読んでこれをただちに論じ、その論ずる
ことのつまびらかなことをよしとして、作詩作文
はまったくこれを廃して顧みない。門を過って
堂に入らないというべきであろうか。
(p300)

自分自身を省みると、別に学に志すといった大層
なものではないが、好き勝手に偉そうな講釈を
たれていることを恥じるとともに、門をくぐって
堂に立ち入っていないという勿体無いことをいつも
しているのかな、とやや無念に思う。
ところで、「もんをスグッテ」と読むのだろうか、
私の使わない言い回しも興味深い。


なんでも百年に一度の大不況とやら、もの心ついた
頃から、紅旗征戎我がことに非ずで生きてきた私も、
対岸の火事といかずその火の粉を浴びている。
元気になるような一節があったので、新年の引用と
しよう。

世のなかがなにか大変動にぶつかって、一切合財
めちゃくちゃになっても、人間というものはふしぎ
なもので、かならずいつのまにかもとのように復元
する性能をもっているものである。あるいはもと以上
に盛大にすらする。(
p314)

それにしても、グローバルとやらは、はなはだ不便な
ものであることよ。


奥野信太郎「町恋の記」三月書房、昭和42年。
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by tamon1765 | 2009-01-17 14:20 | Trackback | Comments(0)

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