お茶室の中での読み物

前回に続いて末宗廣「お茶のたて方のみ方」からの話題。

『伏見鑑』という本にこうあるという。

台目腰張りの高さ七寸五分風炉先窓地敷居の上端通也、
腰を反古張りにするといふは独客の為め也


お茶室の腰張りを、反古紙にするのは、単に贅沢でない
再利用のため、わびの心、と思っていた。
柱を、埋め木を使えというのと同じ、と思っていた。

ところで、ここには、「独客のため」とある。
話し相手もいなく、手持ち無沙汰だから、壁に貼られた、
反古のなかから消息文を読んで、無聊を慰めてください、
というのだ。

しかし、お茶によばれて、ひとり手持ち無沙汰になるような
時間帯とはあるのかしら、と思う。
茶室は凝縮された空間なので、もしひとりで座っていたら、
何かしらの思慮が頭の中を駆け巡るはずというのが私の
感覚だが、他の方は違うのだろうか。

「なんか読むものないかい? 退屈だなあー
おお丁度人の手紙があるな、なんて書いてあるんだろう」
といった感じで読むのだろうか、お茶室で。壁に向いて。

私には極めて、不可解な説明。
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Commented by 風庵亭主 at 2008-12-01 20:14 x
”「独客のため」とある。
話し相手もいなく、手持ち無沙汰だから、壁に貼られた、
反古のなかから消息文を読んで、無聊を慰めてください、”
とは、大変おもしろい発想ですね。
なにか怪しいですけどね。

裏千家の咄々斎という部屋には反古襖があり、「利休居士教諭百首詠」と題して利休道歌が書かれているそうです。

ゆっくりお茶も飲めなかったりして・・・・
by tamon1765 | 2008-11-28 12:58 | お道具とお茶室 | Trackback | Comments(1)

気ま~まな独り旅


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