一休の書

唐木順三は、私が学生時代から強く影響受けた方だ。
リアルタイムで読んだというわけでは決してないが、
この人と歩んできたという思いもある。
久々に、思い出して開いたら、探していたものがあった。

唐木さんが、一休和尚の偽物に感心したという話だ。
或る道具屋で目にした一休の書に魅せられて、
購入しようと考える。
話を聞いた谷川徹三がわざわざお店まで見に行き、
「あれは偽物だろうからやめた方がいい」と。
それで、次に行った時には、店の者も「あれは偽物だった
ようです」と、既に店になかったという。
そして、

贋物でもあれだけのものなら、という点で、一休宗純へ
の関心を増した。嫌味の微塵もない書体であった。
その上気品も高かった。
伝説化された一休禅師とはまるでちがうものであった。



今の私にとって、一休さんはまだ疑問の人なので、
それ以上のコメントはしないが、唐木さんでも見誤る。
それはそうかもしれない、その専門家ではないのだから。
偽物とて、その何かを感じさせる偽物作者ならば相当の
使い手と言うことなのかしら。
一休という名を使うから偽者であって、自分の名で発表
すれば、それなりの作品なのであろうか。
疑問は膨らむ。

利休さんだって、書の鑑定を誤った話しがある。
偽作を指摘されて、悔しくてその軸を引きちぎったという
から、利休さんも気が短いね。
その虚堂(?後で調べて訂正します)の名があるから
偽物だけど、その禅語を書いただけとしてみれば
良い字だったのかもしれない。
だって、利休さんが見誤るのほどなのだから。
それはそれで、勿体ない?文化財破壊?

「偽物である」ことって、曲者だ。
名前の有無を思うと、柳の民芸運動が思い起こされる。
そこには作者の名前がないから、偽物は存在しない。

ものの良し悪しって、何なのかな、と改めて思う。


引用は、唐木順三 『風狂の詩僧-一休和尚』
「詩とデカダンス」 から




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Commented by bansan at 2008-10-04 20:40 x
せんじつ 一休寺へいって来ました。そのお寺から輿に乗って大徳寺まで通われたとか~~風格のある立派なお寺でした。
Commented by tamon1765 at 2008-10-04 22:37
Bansanさん こんばんは
確か田辺にあるお寺程度の知識しかなかったのですが、
ホームページを見たところ、立派なお寺だったのですねえ。
世俗(禅寺のヒエラルキーや大伽藍も含む)を否定し
好き放題に生きた一休さんのこと、さぞ粗末なお寺かと
思ったら、見事に裏切られました。
私も行ってみたいです。
by tamon1765 | 2008-10-03 12:40 | | Trackback | Comments(2)

気ま~まな独り旅


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