不白さんは武士だった


私の不白さんの身分に対する疑問は、
武家史談会編『武家茶道の系譜』ペリカン社
を読んで、解決した。

そのなかに、川上宗雪「川上不白の茶道社会」がある。
ここでは、不白は水野家の家来(武士)であるのは、
当然じゃないか、という書きっぷりである。
引用すると、
・ 与えられた京都茶の湯留学も、紀伊家の政策であった
ことを思い起こす必要がある。(p222)
・ 不白は水野家の茶頭を嗣子に譲って後、諸家の江戸屋敷
に茶道指南として出入りを許される。(p250)
等など。

今回とても面白く思ったのは、不白さんと田沼意次の関係である。
不白の超人的とも言える、千家宣揚勢力拡充は、田沼という
権力者の故ではないかと言う考えだ。
とすると、田沼失脚後、後半生(晩年?)の不白さんが、町人の
中に入り込んでいくと言うのも、納得がいく。
時間を見て年表を眺めながら考えてみたい問題である。
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by tamon1765 | 2007-12-27 00:34 | 川上不白さん | Trackback | Comments(0)

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