真に存在した物 と 微笑 と

私たちはこれらの**を一つ一つ
手に取り上げて、回してみる。
するとどうしてこれが不滅なのかが
どうやらわかるような気がする、------
しかし私たちはもっと深く、
もっとすばらしく献身的に、
真に存在した過去の物に心を傾けることを知らねばならぬ、
そうしてたぶん、一年前より
いくぶん明るい微笑を浮かべることができるようにならねばならぬ。


&&&
リルケ 『 新詩集 』 の 「タナグラ」 から (高安国世訳)



**部分は、固定的イメージを避けるためにあえて、詩の名詞部分を外させて貰った。
表層ではなく、「真に存在した物」、そのようなものをのみ見なければいけない。
心を傾けなければいけない。
しかしそれをどうやって見出すのか。
困難な道のりだ。とりあえず、禁欲的な決意が必要に思う。
そして、その根底にあるのは、高い理想だ。そして、そのことによって「成長する。
以前より良い微笑を浮かべることが出来るようになる。」ということが、このことの重みを感じさせる。
ふと、思いついて、捜してみた。同じ詩。
&&&

ぼくは一つ一つの**を手のなかで
しづかに廻してみた
この脆い美がなぜ消え失せないかを
ぼくはやや理解することができた
しかし ぼくは一そう深く
底の底まで
「存在」したものに惚れこまねばならぬ
そして ぼくの微笑のかげは
昨年のぼくにくらべて 幾分ほのかな明るみを増すだろう


&&&

こちらは、大山定一訳である。
私には高安訳の方が、学生時代から手にしていたせいか、しっくりくる気がする。
しかし、「心を傾ける」の部分は、「惚れこむ」の方がいいようにも思う。
もっとも、高安訳の末尾がsollen風翻訳であることが私の好みなのかもしれない。
(当然のことながら、私は原文を知らないので、訳としてどちらがより原文に
 近いニュアンスか分からないが)。
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by tamon1765 | 2006-12-20 23:44 | ことば | Trackback | Comments(0)

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