上林で春宵一服値千金

京都に行かれた友人から、
宇治の上林でお茶を楽しんだ話を伺いました。
そして、昨晩、『 醒睡笑 』 を眺めていたら、こんな一節を
眼にしました。(巻之八)

織部がある時、濃い茶を出した際に、客が茶銘を尋ねた。
織部は、 「上林春松の雲切り」 と答えると、
この客は 「今朝のお茶は、普段にもましてありがたいなあ、
      春宵一服値千金ですなあ」 と。

上林は上林でも、「シュンショウ」 故に成り立つ話しですね。
雲切りなるお茶は今でもあるのでしょうか、ちょっと興味を
覚えます。
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Commented by 夢庵 at 2006-12-04 09:45 x
宇治で抹茶をいただいてきた夢庵です。
上林のHPで見る限り雲切りという茶銘はなさそうですね。
Commented by tamon1765 at 2006-12-05 09:38
夢庵さん コメントありがとうございます。
そうですか、茶銘「雲切り」は今では無いのですか。

ところで、次ぎに「雲切り」の意味が気になります。
お茶の歴史では、「雲脚」という言葉がありました。
「切る・切り」は濃茶の濃さの状態で使われました。
そのあたりも手懸かりにしていきたいです。
Commented by tamon1765 at 2006-12-05 09:39
ところで、名刀「雲切丸」というものがありました。
・源頼光所持。(土蜘蛛に登場するのは源氏の宝剣「膝丸」。
 しかし、頼光所持はは「雲切丸」とするものもあり。
 退治する蜘蛛から雲切としたものと推測される)
・畠山重忠愛用の太刀も「雲切丸」。
 重忠の末裔と称する半澤家は、この「雲切丸」を世襲
 していたという。
・曾我物語主人公の家来・鬼王が、「雲切丸」を挟んでの
 歌舞伎狂言「花挿俤曽我(はずかしきおもかげそが)」が、
 文化十年、市村座にて上演される。
・山形県朝日村大平に、源頼義・義家に亡ぼされた安倍貞任が、
 源氏の名刀「雲切丸」を探しに来、当地に子孫が残ったと
 いう伝説があるという。
といった例が見出せました。
これでは名刀「雲切丸」は何本も流布していることになります(笑)。
次は、源氏の名刀の由来の調査ですね。
by tamon1765 | 2006-12-02 11:18 | 雑談 | Trackback | Comments(3)

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