松平定信「茶事掟」


はなはだ面白い文書です。

私には、定信と言えば、子供の頃覚えた「一人縄なう松平定信」

のイメージです。老中として、ケチケチ政治、いや、失礼。

幕府財政立て直しのため、緊縮政策の人(但し、失敗)。

ということで、老中自ら足の親指人差し指に藁を挟み、一人

黙々と縄をなう人。

 *

はて、何ですか? って?。

「ひとり1な7わ8な7う」で、1787寛政の改革です。

閑話休題。

定信公の本文を引用すると、

・わがほどを守りて、奢りたるものなど玩ぶまじき

・わざとひなぶれたるも、その分限にはあらざるべし

・そのほどをこそよくこうがえ侍るべき

・只その分限をしりて本末を弁え

・よくその程々を守るこそいみじけれ

・分外の物数寄をなすぞ、本意に背けし

とあり、自分の分を守りなさい、にその主張は尽きます。

茶道具に、むだなお金を費やすな!とも。

身分社会のなせる発言とみる向きもあるかもしれませんが、

私としては、常識的なことであり、私の今の生活信条と

一致します。

外に引用すると、

・くまぐま心を尽くし

・くさぐさ心を尽くすべき

好ましい表現です。なかなかいい感じの人であったかも。

 *

さて、笑ったのが、千家の七種蓋置の三ツ人形に対して、

「人の形あるものの上へ、熱くなった釜の蓋を、自分は

熱いものだから帛紗を使って取りながら、その子供の頭

の上へ置こうというのは、心無い人の仕業だ。

あるいは、亀の形をした香合の蓋を取ると、甲羅のみ

離れて、頭も手足も身の方に残るのが、生き物の姿と

かけ離れて、殺風景でおぞましい。」と。

私自身、唐子というモチーフが好きで、七種蓋置のなかで

唯一求めたものなので、笑みがこぼれてしまう。

亀の香合については、これは謂われなきイチャモンかな。

ではどの部位が蓋に付随すれば満足ですか、と定信公に

伺いたいですよ。デザイン作品は、そういうものでしょう。

 *

また、本文末にも正論を吐いてます。曰く

「利休なども、自ら切った竹の花活けに、自分で削った茶杓を

使った。これこそ風流が一段と優ったものだ。

利休の作った花入れを使うよりも、自ら竹を切って出した方が、

かえって利休の心にもかなっている。

大金を出して古い道具を求めることは、その本意に背いている

ことは、言うまでもない。」

 *

さて、最後に、今後の宿題として、楽しみな一節。

「いまにては千々のこがねを出してふるき品をとかい求むるは、

かの妖物の戒めおそるべし」

かの妖怪とは、何?誰?





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by tamon1765 | 2017-05-11 14:27 | Trackback | Comments(0)

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