大晦日と元旦

利休さんが大晦日に、お歳暮のお礼として
紹鴎先生の元へ伺うと、紹鴎は路地で
枯れススキを刈っておられたそうだ。
そして、すぐにお茶となった。
そこには、花びら餅と味噌巻ゴボウのお菓子
があった。
それから利休も大晦日にはススキを刈り、
松葉を少しあげるようにしたという。
これは、改めて春を迎える心である。

と不白筆記にある。
そっか、薄を刈って新年を迎えるのか。
松葉も、いくらか片付けるのだな。
それにしても、元旦を迎えなくとも、重要人物が
訪問するのならば、もう正月としてふるまうのだ。
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Commented by たろう at 2014-01-27 18:41 x
「元旦を迎えなくとも、重要人物が
訪問するのならば、もう正月としてふるまうのだ」
のところが不明でした

重要人物とは誰のことか?
ふるまうのは誰か?

また、
元旦を向かえなくとも正月としてふるまう、とありますが、
芒を刈るのは正月の「準備」であって歳暮のうちにするもの、であろうと読みました
Commented by tamon1765 at 2014-01-28 23:11
お久しぶりです。
文意不明、お恥ずかしいです。

重要人物とは、この場合は、紹鴎さんが次代を託したで
あろう弟子利休さんであり、訪問を受ける側の主体(紹鴎
さん)にとってのという意味で、重要人物という言葉を
使いました。
ふるまうのは、訪問を受ける側の主体(この場合、紹鴎さん)。
但し、主客同一ですから、主が正月として振る舞えば、客も
そのように応じてくれたのでしょう。

>芒を刈るのは正月の「準備」であって歳暮のうちにするもの、
>であろうと読みました

おっしゃるとおりに私も読みました。正月前に行うこととして、
利休さんが紹鴎さんに学んだということでしょう。
不白さん自身も「是はあらためて春を迎る也」とコメントしている
とおりと思います。
一方、「もう正月としてふるまうのだ」と私が書いたのは、大晦日
でありながら、正月の菓子である花びら餅と味噌巻ゴボウのお菓子
を出しているということからです。

Commented by たろう at 2014-01-30 13:42 x
詳しいご説明ありがとございました
いつも興味深く拝読し勉強させて頂いております
今後共宜しくお願いします
Commented at 2014-01-31 00:37
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
by tamon1765 | 2013-12-31 21:56 | 利休さん | Trackback | Comments(4)

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