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皆さんにはすでにご存じのこととは思いますが、こんなところ
にも、清厳宗渭さんが顔を出されていたのですね。記録して おきます。 裏千家の今日庵の庵の由来は、宗旦と会えなかった清巌和尚が 「懈怠比丘不期明日」(けたいのびく明日を期せず)と書き残し たことから、明日ではなく今日だよ!ということで、名付けら れた、というのが私の理解です。 さて、清厳宗渭さん登場のこの話、伝承というわけでしょうか、 本によって違いがあります。 ・ 日時: 「席開きの当日」「ある日」 ・ 会えなかった訳: 約束の時間に、「時刻に遅れた清巌和尚」 「宗旦が出かけていた」 ・ 命名者: 「宗旦が命名」「清巌和尚が書き与える」 ・ 書いたもの: 「その場で書き置いて行った」「その日のうち に再訪を請われて、書き渡した」 といった具合。 但し、話の出発点として、ある日ならば、それ以前は庵名なし となるので、お裏さんがHPで仰るとおりなのでしょう。 一方、表さんの庵号不審庵は、古渓和尚による「不審花開く 今日の春」であり、古渓和尚筆扁額があります。 ところで、桑田忠親氏は、今日庵の庵号も、「不審花開今日春」 の句に基づく説もあると、その複数の著作で書かれています。 どこかに根拠があったのでしょうか。 More
美術館を残さなかった方:
鈍翁益田孝、狸山団琢磨、箒庵高橋義雄、化生馬越恭平 松翁安田善次郎、耳庵松永安左衛門 美術館を残した方: 三渓原富太郎、**藤田伝三郎、鶴彦大倉喜八郎、 青山根津嘉一郎、 得庵野村徳七、香雪村山龍平、 滴翠山口吉郎兵衛、 春翠住友吉左衛門、鶴庵嘉納治兵衛、 逸翁小林一三、即翁畠山一清、古経楼五島慶太、 その収集品が藤田美術館となった、藤田伝三郎の号は、香雪、 芦庵、網川などと云う。一瞬、香雪美術館は朝日新聞の村山の はず・・・と頭の中が混乱。ということで、あえて、**にしました。 他の方も、複数の号をお持ちでここに書いたもので限定され るわけではありません。 なお、美術館を造らなかったからと言っても、良し悪しの意味 合いではありませんので、念のため。 公立美術館に寄贈した方もいますし、逆にご本人ではなく ご遺族が美術館にされた方もいます。 ただ私の覚えとしての記録です。 きっかけは、太陽no.231「日本経済を築いた数寄者たち」 1982.1.12発行、から。 ところで、この雑誌、探している時に見当たらず、今頃になって 出て来た。整理できていない部屋には困ったものである。
宗旦を侘たる物とばかり不可見
珠光に竹柱の台子在り 宗旦に爪紅の台子在り 工夫あるべきなり と「不白筆記」にある。 つまり、不白さんも、乞食宗旦と一面で見ている ことをはっきり否定している。 但し、不白さんの珠光理解には我々とズレがある。 宗旦さんと対として名前を引っぱった珠光さんでは あるが、 「珠光さんにだって、竹という質素な素材の台子 もあるよ」 では、不白さんの考える珠光像は侘び茶の創始者 ではなく、絢爛な書院茶の人となってしまう。 一方、引用だが、同じ個所を別の言葉で見た。 宗旦さびたりとばかり見るべからず 「わび」ではなく、「さび」となっている。 興味深い。
本日のNHK首都圏ネットワークのニュースです。
(18時51分) 「五浦の六角堂」が再建されたということです。 さらに、昭和38 年の改修で撤去された中央の 六角形の炉も再現されました。 参考; 茨城大学「岡倉天心記念六角堂等復興基金 について」
茶の湯の道において、最も良くないことは、心の慢心や我儘である。年功を積んだ熟練の人を嫉妬し、初心者を見下すことは、いけない。どうすべきかというに、先輩へは謙虚に教えを乞い、後輩に対しては、何とか育つよう手を貸すべきである。
そして、この道での大切なことの一つは、中国伝来の物と国産品を区別なく扱うことであって、産地や謂れによらず、そのものの良さを見出していくことである。これが重要であり、そのように心がけたい。 又、侘びの境地にある冷え冷えとしたものだといって、入門段階の者が、備前焼や信楽焼きなどを手にとって、悦に入っていることが、現在行われている。とんでもないことである。これは、本当の侘び数寄にのみ許されることである。 そのような境地とは、良き道具を持ち、そのもの味わいを知り、そのものが己の心に響き合って、一時的ではなく後々まで冷え冷えとした枯淡を覚えてこそ、面白みの生じる境地なのである。 とはいうものの、一向にその境地に近づけぬ者は、道具にこだわるべきではない。 又、点前が上手になっても、自らの至らなさを嘆く謙虚さがたいせつである。 ただただ慢心我儘がいけない。しかしながら、自負心もなければいけない。金言でも言われている。 「自分で、自分の我儘な心を制御し導け。 我儘な心を行動の基準にしてはいけない。」 と、古人も云われている。
「つるの一声」の飾り方の出典が分かりました。
松屋会記 永禄十年十二月二十六日の条に 飯過ぎて、床に鶴のはし、塗板に、花入れずに水ばかり、 紫銅無紋、高さ一尺程、輪底 とあるそうです。(読み易いよう、平仮名漢字をあてはめました) 「つるのひとこえ」=「鶴のはし」。はし=嘴。 亭主は、46歳の時の利休さん。 お客は、鉢屋紹佐、大和屋正通、松屋久政の3人。 なお、利休所持の「鶴の一声」は、振袖火事(明暦3、1657)に 焼失したといいます。 この意味を、筒井紘一先生、中村修也氏は、水を入れている以上、 「花入れ賞玩ではなく、各自、想像で花を生けるよう、利休が作意 したもの」とみておられます。 とするならば、紹鴎が茶の極意の和歌とした、 見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮 と一脈通ずるものがあり、単に想像するだけでなく、想像を越えて 目の前に実際には無いという現実(それが侘びなのか?)を受け容 れる心持が必要と思われます。
真言密教の導入によって、禅を支柱とする茶に
絢爛とした美の奥行が生じたことは、否定する ことの出来ない事実であります。 以上、鈍翁を中心とした近代数寄者について の、藤井喜三郎氏の言葉です。 具体的には、平安期(さらにはそれ以前)の 美術品を茶に持ち込んだことをいうのでしょう。 戸田勝久氏の文章からの孫引きです。
1.此道、第一悪ろき事は、心の我慢我執也。
2.巧者 をば、そねみ 初心の者をば□見下す事、一段もつたい無き事共也。 3. 巧者には 近づきて一言をも嘆き、 又、初心の者をば、いかにもそだつべき事也。 4.此道の一大事は、和漢の境を紛らかす事、肝要肝要、用心有るべき事也。 5.又、当時、冷え枯るると申て、初心の人体が備前物・信楽物などを持ちて、 人も許さぬたけくらむ事、 言語道断也。 6.枯るると云事は、良き道具を持ち、 その味わひをよく知りて、 心の下地によりてたけくらみて、 後まで冷へ痩せてこそ 面白くあるべき也。 7.又、さはあれ共、一向叶わぬ人体は、道具にはからかふべからず候也。 8.いか様のてとり風情にても、嘆く所、肝要にて候。 9.ただ我慢我執が悪き事にて候。 10.又は、我慢もなくてもならぬ道也。銘道にいわく 「心の師とはなれ、心を師とせざれ」 と古人も云われし也。
予告編
ええとですね、15年位前?でしょうか パソコン通信という言葉でネットをやっていた頃の原稿 の一部が出てきました。 珠光さんの「心の文」について思ったことを書いたものです。 懐かしいと共に、私がそのころから進歩していないどころか、 大きな退歩に、愕然。悲しくなりますね。 発見できたのは一部ながら、頑張って復元プラス何か書き加え られればと思っています。 と思いながら、もう一月以上たってしまったので、予告をして、 自分へ負荷をかけているわけです(苦笑) ちなみにその当時のフォーラムのテキスト自体どうなっているのか、 私は分かりません。某N社のフォーラムのシステムは閉鎖されま したし、著作権はどこに属すのか? 著作権は存在しても、テキスト自体残っているのか? 不明事項ばかりなんですけど。 もし万が一、心当たりのある方におかれましては、テキストの コピーを頂けましたら幸いです。 (という甚だ楽観的且つお調子の良い書き込みでありました) こんな書き込みでは申し訳ないので、内容的予告: 茶の湯のバックボーンは、禅宗ということになっています。 禅宗寺院で目に付くものと言えば、聯ですね。 とするならば、珠光さんをはじめ、皆さんの思考には聯的な思考 回路が存在するのではないでしょうか。 具体的に言うと、対にして考える、という点です。 そうやって、心の文を読んでみようというものです。
「宗旦の手紙」河原書店刊を購入。
その一部分、「宗旦の書について」を眺めました。 宗旦さんと言えば、『乞食宗旦』の愛称が有名ですが、 『読めぬ宗旦』との言葉もあることを知りました(笑)。 お道具屋さんの話しでは、「読めないものが本物で、読める ような宗旦の手紙は偽物だ」という先輩からの言い伝えも あるといいますから、専門家にとっても難物であることに かわりないようです。 私なんか、全く分かるわけない、というわけで安心しました。 尤も、波多野幸彦氏、「読めぬ宗旦」ではなく「読まぬ 宗旦」でしたと、ちゃんと最後に上手くまとめていますね。
茶の湯を催すとき、誰もが名器や名碗を
準備する必要はない。 しかし、茶の湯を催す以上は、客がその 心入れを感ずるような掛物を選びたいもの である。 田中仙翁「茶の湯の魅力 掛物」から。 前半部は、名器や名碗を準備することの出来ぬ者にとっては 嬉しい話だ。まあ、当たり前と言えば、当たり前の話しなの だけれど。 ところで、お客は茶の湯に来て何を見、何を感じるのだろうか。 掛物を見て、道具を見て、その日の趣向を感じ取ったとしたら、 大したものだ。
ということで、私自身、到達点を見失った宙ぶらりん状態
であり、なにか変えなければ、と感じます。 当ブログを以下のように変えます。 1.話題をお茶、茶の湯及びその周辺に限る。 2.これまでの書き込みのうち、上記1に該当しないと考え られるものは、削除する。(余所へ引っ越しの予定)。 3.但し、上記2にもかかわらず、コメントあるいはトラック バックを頂いたものは、残す。 4.記事の無いカテゴリーは順次削除する。 現状では、人様に読んで頂くようなものはありません。 今後、このブログの基本的立場は、あくまでも、自分のための 覚書であり、まとめであると考えます。 本末転倒とならぬようなペースでやっていくことが出来たらと 思っています。 今回、Sonnenfleckさんの「庭は夏の日ざかり」の記事 「始業式気分」に言いようもなく共感を覚えました。感謝します。
一 炭はきりやう数々あり。胴炭はまつは八七寸がよく候
一 人に炭所望のとき。下火取申さず候
一 昼のいろり。下火心持あるべし
一 寒天の朝。いろりの下火。たぶと入るがよく候
一 外へ出申には勝手へ聞ゆるやうにすべし
一 盆点(ぼんだて)に。削の盆のときは。茶杓さきへもたせ申候
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