IE9ピン留め
真言密教の導入
真言密教の導入によって、禅を支柱とする茶に
絢爛とした美の奥行が生じたことは、否定する
ことの出来ない事実であります。


以上、鈍翁を中心とした近代数寄者について
の、藤井喜三郎氏の言葉です。
具体的には、平安期(さらにはそれ以前)の
美術品を茶に持ち込んだことをいうのでしょう。
戸田勝久氏の文章からの孫引きです。
# by tamon1765 | 2012-01-10 23:13 | 近代の茶人 | Trackback | Comments(0)
心の文(原文)
1.此道、第一悪ろき事は、心の我慢我執也。
2.巧者   をば、そねみ
  初心の者をば□見下す事、一段もつたい無き事共也。
3.   巧者には   近づきて一言をも嘆き、
  又、初心の者をば、いかにもそだつべき事也。
4.此道の一大事は、和漢の境を紛らかす事、肝要肝要、用心有るべき事也。
5.又、当時、冷え枯るると申て、初心の人体が備前物・信楽物などを持ちて、
                     人も許さぬたけくらむ事、            言語道断也。
6.枯るると云事は、良き道具を持ち、 
             その味わひをよく知りて、
             心の下地によりてたけくらみて、
             後まで冷へ痩せてこそ      面白くあるべき也。
7.又、さはあれ共、一向叶わぬ人体は、道具にはからかふべからず候也。
8.いか様のてとり風情にても、嘆く所、肝要にて候。
9.ただ我慢我執が悪き事にて候。
10.又は、我慢もなくてもならぬ道也。銘道にいわく
     「心の師とはなれ、心を師とせざれ」
    と古人も云われし也。
# by tamon1765 | 2012-01-02 21:15 | 珠光さん | Trackback | Comments(0)
心の文を読んでみます
予告編
ええとですね、15年位前?でしょうか
パソコン通信という言葉でネットをやっていた頃の原稿
の一部が出てきました。
珠光さんの「心の文」について思ったことを書いたものです。
懐かしいと共に、私がそのころから進歩していないどころか、
大きな退歩に、愕然。悲しくなりますね。

発見できたのは一部ながら、頑張って復元プラス何か書き加え
られればと思っています。
と思いながら、もう一月以上たってしまったので、予告をして、
自分へ負荷をかけているわけです(苦笑)
ちなみにその当時のフォーラムのテキスト自体どうなっているのか、
私は分かりません。某N社のフォーラムのシステムは閉鎖されま
したし、著作権はどこに属すのか?
著作権は存在しても、テキスト自体残っているのか?
不明事項ばかりなんですけど。
もし万が一、心当たりのある方におかれましては、テキストの
コピーを頂けましたら幸いです。
(という甚だ楽観的且つお調子の良い書き込みでありました)


こんな書き込みでは申し訳ないので、内容的予告:

茶の湯のバックボーンは、禅宗ということになっています。
禅宗寺院で目に付くものと言えば、聯ですね。
とするならば、珠光さんをはじめ、皆さんの思考には聯的な思考
回路が存在するのではないでしょうか。
具体的に言うと、対にして考える、という点です。
そうやって、心の文を読んでみようというものです。
# by tamon1765 | 2011-12-29 10:10 | 珠光さん | Trackback | Comments(0)
和敬清寂


JR西国立駅前の無門庵さんで

# by tamon1765 | 2011-10-18 09:05 | ことば | Trackback | Comments(0)
茶の木から


# by tamon1765 | 2011-10-13 08:16 | 茶杓 | Trackback | Comments(0)
読めぬ宗旦
「宗旦の手紙」河原書店刊を購入。
その一部分、「宗旦の書について」を眺めました。

宗旦さんと言えば、『乞食宗旦』の愛称が有名ですが、
『読めぬ宗旦』との言葉もあることを知りました(笑)。
お道具屋さんの話しでは、「読めないものが本物で、読める
ような宗旦の手紙は偽物だ」という先輩からの言い伝えも
あるといいますから、専門家にとっても難物であることに
かわりないようです。
私なんか、全く分かるわけない、というわけで安心しました。

尤も、波多野幸彦氏、「読めぬ宗旦」ではなく「読まぬ
宗旦」でしたと、ちゃんと最後に上手くまとめていますね。
# by tamon1765 | 2011-10-08 22:44 | 宗旦さん | Trackback | Comments(0)
茶の湯を催すとき
茶の湯を催すとき、誰もが名器や名碗を
準備する必要はない。
しかし、茶の湯を催す以上は、客がその
心入れを感ずるような掛物を選びたいもの
である。

田中仙翁「茶の湯の魅力 掛物」から。

前半部は、名器や名碗を準備することの出来ぬ者にとっては
嬉しい話だ。まあ、当たり前と言えば、当たり前の話しなの
だけれど。

ところで、お客は茶の湯に来て何を見、何を感じるのだろうか。
掛物を見て、道具を見て、その日の趣向を感じ取ったとしたら、
大したものだ。
# by tamon1765 | 2011-10-03 14:15 | Trackback | Comments(1)
ご挨拶:当ブログの今後
ということで、私自身、到達点を見失った宙ぶらりん状態
であり、なにか変えなければ、と感じます。

当ブログを以下のように変えます。
1.話題をお茶、茶の湯及びその周辺に限る。
2.これまでの書き込みのうち、上記1に該当しないと考え
  られるものは、削除する。(余所へ引っ越しの予定)。
3.但し、上記2にもかかわらず、コメントあるいはトラック
  バックを頂いたものは、残す。
4.記事の無いカテゴリーは順次削除する。

現状では、人様に読んで頂くようなものはありません。
今後、このブログの基本的立場は、あくまでも、自分のための
覚書であり、まとめであると考えます。
本末転倒とならぬようなペースでやっていくことが出来たらと
思っています。

今回、Sonnenfleckさんの「庭は夏の日ざかり」の記事
「始業式気分」に言いようもなく共感を覚えました。感謝します。
# by tamon1765 | 2011-10-02 01:43 | Trackback | Comments(0)
一 炭のらきひは十文字と撞木。五徳をはさむ事。割
  ずみをうつむけること。輪を横におくこと。炉ぎは八部
  より内へいること。若よる時は。切といふ習あり。
# by tamon1765 | 2011-09-18 00:31 | 『 大有子消息 』 | Trackback | Comments(0)
添炭
一 添炭は一寸五分にきるべし。物数奇ある炭あり。
  なきかよく候
# by tamon1765 | 2011-09-17 23:58 | 『 大有子消息 』 | Trackback | Comments(0)
炭はきりやう
一 炭はきりやう数々あり。胴炭はまつは八七寸がよく候
# by tamon1765 | 2011-09-16 23:54 | 『 大有子消息 』 | Trackback | Comments(0)
輪炭
一 輪炭に一寸八分と定りたるといへども。薄にあきは
  なく候
# by tamon1765 | 2011-09-15 23:53 | 『 大有子消息 』 | Trackback | Comments(0)
炭所望
一 人に炭所望のとき。下火取申さず候
# by tamon1765 | 2011-09-14 23:38 | 『 大有子消息 』 | Trackback | Comments(0)
昼のいろり
一 昼のいろり。下火心持あるべし
# by tamon1765 | 2011-09-13 23:34 | 『 大有子消息 』 | Trackback | Comments(0)
寒天の朝
一 寒天の朝。いろりの下火。たぶと入るがよく候
# by tamon1765 | 2011-09-12 23:34 | 『 大有子消息 』 | Trackback | Comments(0)
外へ出
一 外へ出申には勝手へ聞ゆるやうにすべし
# by tamon1765 | 2011-09-11 23:32 | 『 大有子消息 』 | Trackback | Comments(0)
風炉の茶席へいり申
一 風炉の茶席へいり申には。静にしかるべく候。灰くづれ
  やすきゆゑこの習ひあり
# by tamon1765 | 2011-09-10 23:30 | 『 大有子消息 』 | Trackback | Comments(0)
盆点(ぼんだて)
一 盆点(ぼんだて)に。削の盆のときは。茶杓さきへもたせ申候
# by tamon1765 | 2011-09-09 23:29 | 『 大有子消息 』 | Trackback | Comments(0)
客になりてあるきやう
一 客になりてあるきやう。何方(いづかた)にても炉畳へはあがり不申候
# by tamon1765 | 2011-09-08 23:27 | 『 大有子消息 』 | Trackback | Comments(0)
茶入の緒の仕やう
一 茶入の緒の仕やう。第一左さがりなり。かた短あるやう
  にてにてなきがましにって候
# by tamon1765 | 2011-09-07 23:25 | 『 大有子消息 』 | Trackback | Comments(0)
亭主も道具の一つ
小堀宗慶宗匠の言葉

亭主も道具の一つ。茶碗が一人では動けないから、動かす人が
必要なのです。だから、とくに目立ったらおかしいわけです。
私は、点前というものは、見せるものではないと思うのです。
# by tamon1765 | 2011-09-06 05:29 | 今の茶人他 | Trackback | Comments(1)
目立たないこと
林左馬衛先生の言葉


目立たないところまで行きつかないとお茶にはならない
# by tamon1765 | 2011-09-05 06:21 | 今の茶人他 | Trackback | Comments(1)
「わび」を淡々と味わう
林左馬衛先生の言葉

わびでないものの側にいて、「わび」を淡々と
味わえる自分を取り戻してゆく方向へ行かなけ
ればならない。
# by tamon1765 | 2011-09-04 08:10 | 今の茶人他 | Trackback | Comments(1)
水屋の大切さ
林左馬衛先生の言葉


 水屋の経験がない知識人は、お詰めも正客も出来ない。
 点前の間と日常生活の間が不動のものとして生きてくる
 ポイントが水屋の間なのだ。


# by tamon1765 | 2011-09-03 22:08 | 今の茶人他 | Trackback | Comments(1)
船着き場


江戸時代へタイムリープしてきました。
# by tamon1765 | 2011-08-28 17:50 | Trackback | Comments(0)
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