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庵号(今日庵と不審庵)
皆さんにはすでにご存じのこととは思いますが、こんなところ
にも、清厳宗渭さんが顔を出されていたのですね。記録して
おきます。

裏千家の今日庵の庵の由来は、宗旦と会えなかった清巌和尚が
「懈怠比丘不期明日」(けたいのびく明日を期せず)と書き残し
たことから、明日ではなく今日だよ!ということで、名付けら
れた、というのが私の理解です。

さて、清厳宗渭さん登場のこの話、伝承というわけでしょうか、
本によって違いがあります。
・  日時: 「席開きの当日」「ある日」
・  会えなかった訳: 約束の時間に、「時刻に遅れた清巌和尚」
  「宗旦が出かけていた」
・ 命名者: 「宗旦が命名」「清巌和尚が書き与える」
・ 書いたもの: 「その場で書き置いて行った」「その日のうち
  に再訪を請われて、書き渡した」
といった具合。

但し、話の出発点として、ある日ならば、それ以前は庵名なし
となるので、お裏さんがHPで仰るとおりなのでしょう。

一方、表さんの庵号不審庵は、古渓和尚による「不審花開く
今日の春」であり、古渓和尚筆扁額があります。

ところで、桑田忠親氏は、今日庵の庵号も、「不審花開今日春」
の句に基づく説もあると、その複数の著作で書かれています。
どこかに根拠があったのでしょうか。




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# by tamon1765 | 2012-04-24 23:41 | 『 清巌禅師茶事十八ヶ條 』 | Trackback | Comments(1)
美術館を残した方
美術館を残さなかった方:
 鈍翁益田孝、狸山団琢磨、箒庵高橋義雄、化生馬越恭平
 松翁安田善次郎、耳庵松永安左衛門
美術館を残した方:
 三渓原富太郎、**藤田伝三郎、鶴彦大倉喜八郎、
 青山根津嘉一郎、 得庵野村徳七、香雪村山龍平、
 滴翠山口吉郎兵衛、 春翠住友吉左衛門、鶴庵嘉納治兵衛、
 逸翁小林一三、即翁畠山一清、古経楼五島慶太、

その収集品が藤田美術館となった、藤田伝三郎の号は、香雪、
芦庵、網川などと云う。一瞬、香雪美術館は朝日新聞の村山の
はず・・・と頭の中が混乱。ということで、あえて、**にしました。
他の方も、複数の号をお持ちでここに書いたもので限定され
るわけではありません。

なお、美術館を造らなかったからと言っても、良し悪しの意味
合いではありませんので、念のため。
公立美術館に寄贈した方もいますし、逆にご本人ではなく
ご遺族が美術館にされた方もいます。
ただ私の覚えとしての記録です。

きっかけは、太陽no.231「日本経済を築いた数寄者たち」
1982.1.12発行、から。

ところで、この雑誌、探している時に見当たらず、今頃になって
出て来た。整理できていない部屋には困ったものである。
# by tamon1765 | 2012-04-23 22:28 | 近代の茶人 | Trackback | Comments(1)
不白さんは宗旦さんをどう見たか
宗旦を侘たる物とばかり不可見
珠光に竹柱の台子在り
宗旦に爪紅の台子在り
工夫あるべきなり


と「不白筆記」にある。
つまり、不白さんも、乞食宗旦と一面で見ている
ことをはっきり否定している。
但し、不白さんの珠光理解には我々とズレがある。
宗旦さんと対として名前を引っぱった珠光さんでは
あるが、
「珠光さんにだって、竹という質素な素材の台子
もあるよ」
では、不白さんの考える珠光像は侘び茶の創始者
ではなく、絢爛な書院茶の人となってしまう。


一方、引用だが、同じ個所を別の言葉で見た。

宗旦さびたりとばかり見るべからず

「わび」ではなく、「さび」となっている。
興味深い。

# by tamon1765 | 2012-04-22 23:29 | 宗旦さん | Trackback | Comments(1)
六角堂が再建
本日のNHK首都圏ネットワークのニュースです。
(18時51分)

「五浦の六角堂」が再建されたということです。
さらに、昭和38 年の改修で撤去された中央の
六角形の炉も再現されました。

参考; 茨城大学「岡倉天心記念六角堂等復興基金
について

# by tamon1765 | 2012-04-17 19:55 | 天心岡倉覚三さん | Trackback | Comments(0)
桜の木
今日の午後、久々に木を削ってみた。まだ、削り初めという感じです。



# by tamon1765 | 2012-04-16 15:03 | 茶杓 | Trackback | Comments(0)
心の文(現代口語訳、案)
  茶の湯の道において、最も良くないことは、心の慢心や我儘である。年功を積んだ熟練の人を嫉妬し、初心者を見下すことは、いけない。どうすべきかというに、先輩へは謙虚に教えを乞い、後輩に対しては、何とか育つよう手を貸すべきである。
 そして、この道での大切なことの一つは、中国伝来の物と国産品を区別なく扱うことであって、産地や謂れによらず、そのものの良さを見出していくことである。これが重要であり、そのように心がけたい。
 又、侘びの境地にある冷え冷えとしたものだといって、入門段階の者が、備前焼や信楽焼きなどを手にとって、悦に入っていることが、現在行われている。とんでもないことである。これは、本当の侘び数寄にのみ許されることである。
 そのような境地とは、良き道具を持ち、そのもの味わいを知り、そのものが己の心に響き合って、一時的ではなく後々まで冷え冷えとした枯淡を覚えてこそ、面白みの生じる境地なのである。
 とはいうものの、一向にその境地に近づけぬ者は、道具にこだわるべきではない。
 又、点前が上手になっても、自らの至らなさを嘆く謙虚さがたいせつである。
 ただただ慢心我儘がいけない。しかしながら、自負心もなければいけない。金言でも言われている。
   「自分で、自分の我儘な心を制御し導け。 
    我儘な心を行動の基準にしてはいけない。」
と、古人も云われている。
# by tamon1765 | 2012-03-06 15:44 | 珠光さん | Trackback | Comments(0)
「鶴の一声」の飾り方
「つるの一声」の飾り方の出典が分かりました。

松屋会記
永禄十年十二月二十六日の条に

飯過ぎて、床に鶴のはし、塗板に、花入れずに水ばかり、
紫銅無紋、高さ一尺程、輪底


とあるそうです。(読み易いよう、平仮名漢字をあてはめました)
「つるのひとこえ」=「鶴のはし」。はし=嘴。
亭主は、46歳の時の利休さん。
お客は、鉢屋紹佐、大和屋正通、松屋久政の3人。

なお、利休所持の「鶴の一声」は、振袖火事(明暦3、1657)に
焼失したといいます。

この意味を、筒井紘一先生、中村修也氏は、水を入れている以上、
「花入れ賞玩ではなく、各自、想像で花を生けるよう、利休が作意
したもの」とみておられます。
とするならば、紹鴎が茶の極意の和歌とした、
  見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮
と一脈通ずるものがあり、単に想像するだけでなく、想像を越えて
目の前に実際には無いという現実(それが侘びなのか?)を受け容
れる心持が必要と思われます。

# by tamon1765 | 2012-02-28 14:54 | お道具とお茶室 | Trackback | Comments(1)
真言密教の導入
真言密教の導入によって、禅を支柱とする茶に
絢爛とした美の奥行が生じたことは、否定する
ことの出来ない事実であります。


以上、鈍翁を中心とした近代数寄者について
の、藤井喜三郎氏の言葉です。
具体的には、平安期(さらにはそれ以前)の
美術品を茶に持ち込んだことをいうのでしょう。
戸田勝久氏の文章からの孫引きです。
# by tamon1765 | 2012-01-10 23:13 | 近代の茶人 | Trackback | Comments(0)
心の文(原文)
1.此道、第一悪ろき事は、心の我慢我執也。
2.巧者   をば、そねみ
  初心の者をば□見下す事、一段もつたい無き事共也。
3.   巧者には   近づきて一言をも嘆き、
  又、初心の者をば、いかにもそだつべき事也。
4.此道の一大事は、和漢の境を紛らかす事、肝要肝要、用心有るべき事也。
5.又、当時、冷え枯るると申て、初心の人体が備前物・信楽物などを持ちて、
                     人も許さぬたけくらむ事、          言語道断也。
6.枯るると云事は、良き道具を持ち、 
             その味わひをよく知りて、
             心の下地によりてたけくらみて、
             後まで冷へ痩せてこそ      面白くあるべき也。
7.又、さはあれ共、一向叶わぬ人体は、道具にはからかふべからず候也。
8.いか様のてとり風情にても、嘆く所、肝要にて候。
9.ただ我慢我執が悪き事にて候。
10.又は、我慢もなくてもならぬ道也。銘道にいわく
     「心の師とはなれ、心を師とせざれ」
    と古人も云われし也。
# by tamon1765 | 2012-01-02 21:15 | 珠光さん | Trackback | Comments(0)
心の文を読んでみます
予告編
ええとですね、15年位前?でしょうか
パソコン通信という言葉でネットをやっていた頃の原稿
の一部が出てきました。
珠光さんの「心の文」について思ったことを書いたものです。
懐かしいと共に、私がそのころから進歩していないどころか、
大きな退歩に、愕然。悲しくなりますね。

発見できたのは一部ながら、頑張って復元プラス何か書き加え
られればと思っています。
と思いながら、もう一月以上たってしまったので、予告をして、
自分へ負荷をかけているわけです(苦笑)
ちなみにその当時のフォーラムのテキスト自体どうなっているのか、
私は分かりません。某N社のフォーラムのシステムは閉鎖されま
したし、著作権はどこに属すのか?
著作権は存在しても、テキスト自体残っているのか?
不明事項ばかりなんですけど。
もし万が一、心当たりのある方におかれましては、テキストの
コピーを頂けましたら幸いです。
(という甚だ楽観的且つお調子の良い書き込みでありました)


こんな書き込みでは申し訳ないので、内容的予告:

茶の湯のバックボーンは、禅宗ということになっています。
禅宗寺院で目に付くものと言えば、聯ですね。
とするならば、珠光さんをはじめ、皆さんの思考には聯的な思考
回路が存在するのではないでしょうか。
具体的に言うと、対にして考える、という点です。
そうやって、心の文を読んでみようというものです。
# by tamon1765 | 2011-12-29 10:10 | 珠光さん | Trackback | Comments(0)
和敬清寂


JR西国立駅前の無門庵さんで

# by tamon1765 | 2011-10-18 09:05 | ことば | Trackback | Comments(0)
茶の木から


# by tamon1765 | 2011-10-13 08:16 | 茶杓 | Trackback | Comments(0)
読めぬ宗旦
「宗旦の手紙」河原書店刊を購入。
その一部分、「宗旦の書について」を眺めました。

宗旦さんと言えば、『乞食宗旦』の愛称が有名ですが、
『読めぬ宗旦』との言葉もあることを知りました(笑)。
お道具屋さんの話しでは、「読めないものが本物で、読める
ような宗旦の手紙は偽物だ」という先輩からの言い伝えも
あるといいますから、専門家にとっても難物であることに
かわりないようです。
私なんか、全く分かるわけない、というわけで安心しました。

尤も、波多野幸彦氏、「読めぬ宗旦」ではなく「読まぬ
宗旦」でしたと、ちゃんと最後に上手くまとめていますね。
# by tamon1765 | 2011-10-08 22:44 | 宗旦さん | Trackback | Comments(0)
茶の湯を催すとき
茶の湯を催すとき、誰もが名器や名碗を
準備する必要はない。
しかし、茶の湯を催す以上は、客がその
心入れを感ずるような掛物を選びたいもの
である。

田中仙翁「茶の湯の魅力 掛物」から。

前半部は、名器や名碗を準備することの出来ぬ者にとっては
嬉しい話だ。まあ、当たり前と言えば、当たり前の話しなの
だけれど。

ところで、お客は茶の湯に来て何を見、何を感じるのだろうか。
掛物を見て、道具を見て、その日の趣向を感じ取ったとしたら、
大したものだ。
# by tamon1765 | 2011-10-03 14:15 | Trackback | Comments(1)
ご挨拶:当ブログの今後
ということで、私自身、到達点を見失った宙ぶらりん状態
であり、なにか変えなければ、と感じます。

当ブログを以下のように変えます。
1.話題をお茶、茶の湯及びその周辺に限る。
2.これまでの書き込みのうち、上記1に該当しないと考え
  られるものは、削除する。(余所へ引っ越しの予定)。
3.但し、上記2にもかかわらず、コメントあるいはトラック
  バックを頂いたものは、残す。
4.記事の無いカテゴリーは順次削除する。

現状では、人様に読んで頂くようなものはありません。
今後、このブログの基本的立場は、あくまでも、自分のための
覚書であり、まとめであると考えます。
本末転倒とならぬようなペースでやっていくことが出来たらと
思っています。

今回、Sonnenfleckさんの「庭は夏の日ざかり」の記事
「始業式気分」に言いようもなく共感を覚えました。感謝します。
# by tamon1765 | 2011-10-02 01:43 | Trackback | Comments(0)
一 炭のらきひは十文字と撞木。五徳をはさむ事。割
  ずみをうつむけること。輪を横におくこと。炉ぎは八部
  より内へいること。若よる時は。切といふ習あり。
# by tamon1765 | 2011-09-18 00:31 | 『 大有子消息 』 | Trackback | Comments(0)
添炭
一 添炭は一寸五分にきるべし。物数奇ある炭あり。
  なきかよく候
# by tamon1765 | 2011-09-17 23:58 | 『 大有子消息 』 | Trackback | Comments(0)
炭はきりやう
一 炭はきりやう数々あり。胴炭はまつは八七寸がよく候
# by tamon1765 | 2011-09-16 23:54 | 『 大有子消息 』 | Trackback | Comments(0)
輪炭
一 輪炭に一寸八分と定りたるといへども。薄にあきは
  なく候
# by tamon1765 | 2011-09-15 23:53 | 『 大有子消息 』 | Trackback | Comments(0)
炭所望
一 人に炭所望のとき。下火取申さず候
# by tamon1765 | 2011-09-14 23:38 | 『 大有子消息 』 | Trackback | Comments(0)
昼のいろり
一 昼のいろり。下火心持あるべし
# by tamon1765 | 2011-09-13 23:34 | 『 大有子消息 』 | Trackback | Comments(0)
寒天の朝
一 寒天の朝。いろりの下火。たぶと入るがよく候
# by tamon1765 | 2011-09-12 23:34 | 『 大有子消息 』 | Trackback | Comments(0)
外へ出
一 外へ出申には勝手へ聞ゆるやうにすべし
# by tamon1765 | 2011-09-11 23:32 | 『 大有子消息 』 | Trackback | Comments(0)
風炉の茶席へいり申
一 風炉の茶席へいり申には。静にしかるべく候。灰くづれ
  やすきゆゑこの習ひあり
# by tamon1765 | 2011-09-10 23:30 | 『 大有子消息 』 | Trackback | Comments(0)
盆点(ぼんだて)
一 盆点(ぼんだて)に。削の盆のときは。茶杓さきへもたせ申候
# by tamon1765 | 2011-09-09 23:29 | 『 大有子消息 』 | Trackback | Comments(0)
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